◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第165回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第165回
第10章──審理 11
法廷で解決しなければならない問題が二つある──志鶴はそれを冷静に説く。

「──増山さんがやってもいない死体遺棄を認める供述調書へサインしてしまったのは、刑事たちによる恫喝や暴力が原因でした。これがきっかけとなり、殺人を認めるまで追い込まれてしまったのも刑事たちや検察官による暴力と脅しが原因です。増山さんがふたたび黙秘することができるようになったのは、警察の支配下にある足立南署の留置場から東京拘置所へと身柄が移されてからでした。増山さんの『自白』と呼ばれているものはすべて警察官と検察官によって無理強いされ、やってもいないことを彼らの恫喝と誘導のまま認めてしまったもの。いわゆる『虚偽自白』──事実とかけ離れた捏造です。これまで冤罪だったことがわかった多くの事件で、無実の人が有罪になった原因としてこの虚偽自白があります。冤罪に関していえば、増山淳彦さんもこの事件の被害者です。思い出してください。二件の殺人・死体遺棄事件で本当に罪に問われるべきなのは誰なのか?」

 リモコンで最初と同じスライドを提示する。

 
真犯人は、街にいる
 

「皆さんは今、弁護士である私が荒唐無稽(こうとうむけい)な話をしていると思っているでしょう。これからこの法廷に、さまざまな証拠や証人が登場します。われわれには解決しなければならない問題が二つあります」

 スライドを変える。

 
問題 1

増山さんの「自白」は、自分の意思で自由に語ったものか
警察官/検察官に「強要」「誘導」されたものか(虚偽自白)
疑問が残れば無罪
 

「一つは、増山さんの『自白』とされるものが、自分の意思で自由に語ったものなのか、それとも警察官や検察官に強要・誘導されたものなのか、という問題です」

 そこで言葉を切った。

「二つ目について、弁護人である私は、検察官が冒頭陳述であえて触れなかった極めて重大な事実を提示しなければなりません。二人目の被害者である綿貫さんの体内から、綿貫さんのものではない男性のDNAが検出され、DNA鑑定されていたという事実です──」

 
問題 2

綿貫絵里香さんの体内から検出された男性のDNAは、増山さんのものか
増山さんではない第三者(真犯人X)のものか
疑問が残れば無罪
 

 裁判員の何人かが首をかしげた。傍聴席がざわついた。弁護側も冒頭陳述を簡単にまとめた書面を裁判員に配ってある。何人かがそれを見た。

「われわれが解決すべき二つ目の問題。それは、綿貫さんのご遺体の内部から検出された綿貫さんのものではない男性のDNAが、増山さんのものか、それとも増山さんではない第三者のものか、というものです」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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