◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第166回

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第10章──審理 12
冒頭陳述を終えた志鶴。休廷をはさんで、公判は「証拠の取調べ」に入る。

「漂白」目次


 

     5

 志鶴は弁護人席へ戻った。

「いい陳述だった」

 そう聞こえて顔を向けると田口と目が合った。田口がまた前を向く。本当にそう言ったのか確証が持てなくなる。

 裁判員が検察官の冒頭陳述で抱いた強烈な有罪心証を弁護人の冒頭陳述だけで覆すのは不可能だろう。それでも打つべき布石はすべて打った。

「この裁判の争点について整理する──」裁判長の能城が、検察官が立証しようとする内容と、それに対する弁護側の無罪主張をくり返す。「主な争点の一点目は、被告人は取調べ時に二件目の事件について死体遺棄と殺人を認める自供をしたが、これが自発的な意思によるものか、取調官に強制されて虚偽を述べたものであるか。二点目。二件目の事件現場に遺(のこ)されていた煙草の吸い殻が、被告人の犯人性を推認させるものかそうでないか。検察官は犯人性を推認させると主張し、弁護人はそうではないと主張している。その他も検察官と弁護人の主張には対立する点が複数あるが、それらの争点については以後の証拠調べに応じて裁判員に説明します」

 裁判員の何人かが左右でうなずいた。

 能城が休廷を告げた。約一時間。昼食のための休憩だ。審理計画は公判前整理手続で裁判官、検察官、弁護人の三者による協議で策定された。裁判所は検察官にも弁護人にも冒頭陳述や証人尋問などの所要時間を申告させた。陳述や尋問の時間を少しでも多く確保し、取り調べる証人の順番を増山に不利なようにさせないため、ここでも志鶴と都築は能城の強権的な訴訟指揮に抵抗した。

 東京地裁に隣接する弁護士会館に入った店で手短かに食事を済ませると、地裁に戻り接見室で昼食を終えた増山と接見した。被告人陳述での態度を褒め、何か気になることはないか訊ねた。

「母ちゃん見えたけど、人が一杯で、頭ん中真っ白で……裁判長に何話したかも」覚えていないようだ。無理もない。

 今日このあとの流れについて確認し、増山を退出させ法廷に戻った。

 公判が再開された。

「これより証拠の取調べを始める」能城が言った。

 今週と来週、十日間の審理日程の最終日には、検察側による論告・求刑、弁護側による最終弁論が予定されている。証人尋問等による証拠調べは、今日を含むそれまでの九日間で行われる。

「証人は証言台へ」

 外の通路に面した証人待合室から法廷に入った最初の証人は、足立南署強行犯係の刑事、灰原だった。増山から虚偽自白を引きずり出すのに加担した取調官の一人だ。傍聴席との仕切り柵を通って証言台へ向かうスーツ姿の灰原と目が合うと、増山は視線を落とした。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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