◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第168回

検察側の証人は、増山がパソコンで検索やアクセスした内容を詳細に語る。
「ここに映し出された内容について、裁判員の皆さんにもわかりやすく説明してもらうことはできますか?」
「できると思います──」染谷はそれが増山のブラウザの履歴であることを説明した。
「ここに『女子中学生 レイプ』という文字があります。これは何でしょうか?」
「それは検索文字列です。パソコンを使っていた人がキーボードで打ち込んだ文字ですね。こうすることで、ウェブ上から女子中学生のレイプに関する情報が記載されたサイトが抽出され、一覧として表示されます。いわゆる『ググる』ってやつですね」
法廷内の視線が増山に集まった。
青葉はディスプレイを通じてその一覧の一部を提示した。傍聴席で何人かが身を乗り出した。
「今、染谷さんはパソコンを使っている人が自分で文字列を打ち込んだ、とおっしゃいました。こうした文字列が偶然に並ぶということはあり得ないんでしょうか」
「まずあり得ません。パソコンを使っている人が何かを探そうとして、自発的に打ち込まなければこの文字列が出ることはないです」染谷は増山に目をやった。
「次のページを示します。ここで書かれている内容について教えてもらえますか?」
「はい。これは、先ほどの『女子中学生 レイプ』というキーワードでの検索結果の一覧から、被告人が一つのサイトのリンクを選んでクリックしたことを示しています」
「被告人がクリックしたリンク先のサイトは何でしょう?」
「これですね──」染谷はタブレット上の書類の一点を指さした。ディスプレイにも映し出される。「『どーじんむら』。漫画同人誌の違法アップロードサイトです」
「裁判員の皆さんは聞きなれない言葉だと思います。まず、漫画同人誌というのは?」
「漫画の同人誌というのは、個人やグループが出版社を通さず自費出版した本のことです」
「違法アップロードサイトというのは?」
「そうした漫画を第三者がスキャンして、制作者の許可を得ずにネット上で公開しているサイトのことです。漫画の著作権は制作者にあって違法な行為なので、そんな風に呼ばれます」
「『どーじんむら』に何か特徴があれば教えてください」
「特徴はあります」染谷は法壇を見上げた。「『どーじんむら』は、漫画の同人誌の中でも十八禁に特化した違法サイトです。いわゆるアダルトコミック、わかりやすい言葉を使うとエロ漫画ですね。一般に同人誌は、出版社が出版した漫画と違い、表現に対する自主規制が緩いです。出版社ならとても出版できない過激な内容のエロ漫画がたくさんアップされています」
裁判員たちが増山を見た。
「その『どーじんむら』にアクセスした被告人はどうしたかわかりますか?」
「もちろん。次のページを開いてください」
青葉が開くとディスプレイに『どーじんむら』のキャプチャ画像が映し出された。漫画の表紙だ。『僕を痴漢呼ばわりした生意気女子の調教日記』というタイトルと、胸が露わになるようにセーラー服を切り裂かれ、スカートも下着も身に着けていない少女のイラストが目に飛び込んでくる。首に犬の首輪をはめられて両手両膝をつき、苦しげに顔を歪め口からよだれを流している。傍聴席がどよめいた。
「どんな漫画か説明してください」
「かなりショッキングな内容だとお断りしておきます。主人公は通勤通学の電車内で女性への痴漢を日課にしている無職の中年男性。ある朝、女子中学生に痴漢したところ、抵抗され駅員に突き出されそうになったのでナイフで脅して自宅に拉致監禁し、くり返しレイプする──という内容です」
- 1
- 2