◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第169回

二人目の証人が法廷に。防犯カメラの映像を証拠として調書にまとめた刑事だ。
二人目の証人は警視庁捜査一課に所属する朝比奈(あさひな)という女性刑事だった。三十代半ばくらいだろうか、顎のラインまでの髪の毛を七三に分け、がっしりした肉体をグレーのパンツスーツが覆っている。盛り上がった頰(ほお)の血色がよい。
蟇目が初めて主尋問に立った。朝比奈は、死体となって発見される前夜の九月十四日、つまり殺害されたと推定される当夜に生前の浅見萌愛の姿が記録されたコンビニの防犯カメラ映像を証拠として調書化していた。志鶴は主尋問の受け答えをノートパソコンで速記しながら聴いた。
蟇目はまず、遺体発見現場とそのコンビニ──ファミリーセブン綾瀬(あやせ)店──との位置関係と距離を地図で示した。両者の間は直線距離にして約八百メートル。
浅見は午後七時半頃、ファミリーセブン綾瀬店を訪れ買い物をした。このときの姿が入り口付近とレジの後ろに設置された防犯カメラに捉えられていた。法廷のディスプレイに合わせて二分ほどの映像が映し出される。傍聴人が見上げ、浅見奈那がまた嗚咽を漏らした。隣に座る永江誠が彼女の背中を手でさすった。
朝比奈はこの映像を萌愛の母親である浅見奈那に見せ、娘に間違いないという供述を得てそれも調書化していた。蟇目はそれも法廷に示した。
次に、同じ二つのカメラが増山を捉えた映像が証拠として流された。増山は煙草を二箱買った。レジを離れたのは午後七時五十二分。浅見萌愛が店を出た二十一分後だ。朝比奈は、映像内で増山にレジで応対していたコンビニの男性店員に聴取し、複数人の写真の中から増山の面割(めんわり)をさせて同一人物だとの供述も報告書に盛り込んでいた。
「尋問を終わります」蟇目が席に戻った。
ファミリーセブン綾瀬店は増山の家の最寄りのコンビニだ。増山は少なくとも週に一回はこの店で買い物をしている。煙草を買うのも決まってこの店だ。
葛飾区にある浅見萌愛の家からこのコンビニまでの直線距離は約五百メートル。徒歩圏内だ。彼女の家とコンビニを結んだ先、百メートルほどの場所に小さな公園がある。萌愛の親友だった後藤みくるによれば、死体となって発見される前の晩、萌愛はその公園でトキオと名乗る男と待ち合わせる約束をしていた。別の日だが、萌愛らしき少女がトキオらしき男とその公園で会っているところを目撃した沼田(ぬまた)というタクシー運転手からも志鶴は直接話を聞いている。
増山の行きつけのコンビニで、増山が行ったのと同じ日、たまたま萌愛が買い物をした。防犯カメラ映像にそれ以上の意味はない。証拠を検討した段階で志鶴も都築もそう評価していた。
「弁護人、反対尋問を」能城が言った。
「はい」志鶴は立ち上がり、法壇の斜め前に立って朝比奈を向く。「荒川河川敷で浅見萌愛さんのご遺体が発見されたのは、令和△年九月十五日の朝のことでした。発見者が一一〇番通報すると警視庁本部の通信指令センターにつながります。この通報の内容は警視庁捜査一課の現場資料班と呼ばれる部署に設置された同報電話でも傍聴できる。最初に現場に駆けつける、いわゆる初動捜査に携わるのは現場を所管する所轄署の警察官、あるいは警視庁の機動捜査隊ですが、捜査一課の庶務担当管理官と現場資料班の主任も、事件性を判断するためこの段階で臨場する──」
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