◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第170回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第165回
第10章──審理 16
最初の事件から五ヵ月の時点で増山をマークしていたか──志鶴は証人に切り込む。

「漂白」目次


「関連性はあります。刑事訴訟規則199条の6──"証人の供述の証明力を争うために必要な事項の尋問は、証人の観察、記憶又は表現の正確性等証言の信用性に関する事項及び証人の利害関係、偏見、予断等証人の信用性に関する事項について行う"。今の質問は証人の証言の信用性に関する事項です」

 能城は左右の裁判官と小声で話し合った。「異議を棄却する。弁護人は続けるように」

「九月十五日の五ヵ月後は、翌年の二月十五日です。この時点で警察は、増山さんを浅見さんの殺害に関係があるかもしれないとして疑ってはいなかった。そうですね?」

「一ついいですか」大きな顎を挑戦的に突き出した。「私はたしかに捜査本部に加わりました。が、一介の捜査員としてです。捜査本部に集まったすべての情報を知っているわけではありません」

 抵抗している。志鶴が主尋問の弱点に切り込もうとしているのを察したのだ。

「ではあなたが知る範囲で答えてください。浅見さんのご遺体が発見されて五ヵ月が経った翌年の二月十五日の時点で、あなたや他の捜査員は、増山さんのことを浅見さんの殺害に関係のある人物としてマークしていましたか?」

「いきなり日時を特定されても」肩をすくめた。「手元に記録がないので」

「では、あなたが作成した三通の捜査報告書についてお訊ねします。まず一通目、浅見萌愛さんと思われる人物が映っている防犯カメラ映像について捜査報告書を作成したのは令和△年九月二十九日だと証言しました。浅見さんのご遺体が発見された十四日後ですね。次に二通目、浅見萌愛さんと思われる人物が映っている防犯カメラ映像について、お母さんである浅見奈那さんに確認してもらい、その事実を捜査報告書として作成した日時は同じ年の十月一日だとあなたは書面の記述を裏づけた。浅見さんのご遺体が発見された十六日後、二週間ちょっと経ってからですね。そして三通目、あなたが増山淳彦さんだと主張する人物が映っている防犯カメラ映像について、捜査報告書として作成した日時を、あなたは、翌年の三月十五日であると確認した。間違いないですね?」

「裁判長」青葉が立ち上がった。「異議があります。弁護人の質問は重複質問です。刑事訴訟規則199条の13第2項2号により禁止されています」

「弁護人?」能城が訊ねた。

「同じ刑事訴訟規則199条の13第2項の但書に"正当な理由がある場合は、この限りでない"とあります。証言の信用性を弾劾する前提としての必要があり、正当な質問であると考えます」

 能城は左陪席、右陪席と相談し、「異議を認める。弁護人は質問を変えるように」と言った。

「では質問を変えます」想定内だ。「あなたは増山さんが逮捕された年月日を知っていますか?」

 朝比奈は目を横に動かした。「三月──十三日?」

「令和×年三月十三日、そのとおりです。あなたが増山さんだと主張する人物が映っている防犯カメラ映像について捜査報告書を作成したのは、増山さんが逮捕された二日後でした。浅見さんのご遺体が発見されてから増山さんが逮捕されるまでじつに五ヵ月と二十数日という長期間に及ぶ地取り捜査を行っていたにもかかわらず、あなたも他の多数の捜査員と同じように増山さんが疑わしい人物であるとはこれっぽっちも考えていなかった。浅見さんを尾行している怪しい人物がいると考えたなら、その時点で証拠として報告書に記載していたはずです──」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『前科者』涌井 学 脚本/岸 善幸 原作/香川まさひと、月島冬二
【著者インタビュー】彩瀬まる『新しい星』/ごく平凡な日常に訪れる理不尽な変化を描いた快作