◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第171回

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第10章──審理 17
被害者と増山の所在、映像に記録された時刻を地図に書かせる志鶴。その狙いは?

「漂白」目次


 公判前整理手続で証拠調べ請求をして裁判官に排除された証拠を法廷で取り調べることはできない。法廷で取り調べられる証拠は基本的に、公判前整理手続で証拠調べを請求して裁判官が認めたものだ。それ以外の証拠を示すことはできないと考える弁護士も少なくない。が、一定の条件を満たせばそうでない証拠も法廷に提示できると刑事訴訟規則に規定されている。反対尋問で用いれば証人にあらかじめ準備させることなく不意打ちできる。朝比奈への反対尋問のため、志鶴は証拠調べ請求をしていない、朝比奈が作成した三通の捜査報告書を用意していた。

 能城が他の二人と話し合った。「──異議を棄却する。弁護人、続けて」

 志鶴は朝比奈に書証の真正を証言させる。

「これはあなたが聞き込みで得た情報を証拠化した報告書です。ここには、ファミリーセブン綾瀬店を出たあとの浅見萌愛さんの足取りが報告されている。そうですね?」

「はい」

「あなたが聞き込みをしたのは、ファミリーセブン綾瀬店から北に位置するコインランドリーのオーナーで、あなたはそのオーナーからコインランドリーの店先に設置された防犯カメラ映像を記録した録画媒体の提供を受けた。違いませんね?」

「はい」

「あなたはその映像の一部をキャプチャした画像の何枚かをこの報告書に挿入した。そうですね?」

「はい」

「こちらの画像もその一つですね?」志鶴は報告書の画像を指さした。

 防犯カメラ映像の一コマをキャプチャしたカラー画像だ。コインランドリー店の前を通る少女の姿が俯瞰(ふかん)した構図で捉えられている。街灯や店先の照明の明かりで比較的明瞭に判別できる。浅見萌愛だ。

「そうです」

「あなたはこの画像に映っている少女について、『被害者』つまり浅見萌愛さんと特定している。違いませんね?」

「──はい」

「この画像の左上に、防犯カメラ映像に記録された日時──タイムスタンプ──が秒単位まで表示されています。そうですね?」

「──はい」

「その日時を読み上げてください」

「二〇二×年九月十四日十九時三十三分二十五秒」

「ここでふたたび先ほどの地図を示します」志鶴はタブレット上の報告書を、用意した住宅地図に差し替えた。「あなたが今の報告書で報告した防犯カメラが設置されていたコインランドリー店は、この地図にありますね?」

「あります」

「赤ペンで丸く囲んでください」

 朝比奈は該当する建物の名を囲んだ。

「その横に、"㋐19:33"と書いてください」朝比奈は言われたとおりにした。

「ここで証人が作成した別の捜査報告書を示します」志鶴はデスクから別の捜査報告書を持ってきて書画カメラで示し、朝比奈に真正であることを確認させた。「ここには、ファミリーセブン綾瀬店を出たあとの、あなたが増山さんだと主張する人物の足取りが報告されている。そうですね?」

「──ええ」

 コンビニの南側に位置する個人宅の駐車スペースに停められた自家用車の車載カメラ映像だ。走行中はドライブレコーダーとして機能し、駐車中は防犯カメラとして働く。そのカメラがファミリーセブン綾瀬店を出た増山の姿を捉えていた。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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