◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第171回

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第10章──審理 17
被害者と増山の所在、映像に記録された時刻を地図に書かせる志鶴。その狙いは?

 こちらのキャプチャ画像にもその時刻がスタンプされている。志鶴は同じように朝比奈に防犯カメラの所在地を丸で囲ませ、その横に"㋮19:53"と書かせた。次に、"㋐19:31"から"㋐19:33"につながる矢印と、"㋮19:52"から"㋮19:53"へとつながる矢印をそれぞれ一本ずつ書かせた。

 ファミリーセブン綾瀬店を起点とするその二本の矢印の方向は地図上で上下を向いていた。浅見萌愛と増山はそれぞれコンビニが面した道の反対へ向かったのだ。

「ここでもう一度先ほどの捜査報告書を示します」コインランドリーの防犯カメラ映像を証拠化した報告書だ。「あなたはこの報告書の中で、浅見萌愛さんが映っている防犯カメラ映像の録画媒体を持ち主から借り受け、すべてに目を通したと書いています。間違いありませんね?」

「──はい」

「あなたが目を通した映像は何月何日のものですか?」

「九月十四日です」

「開始時刻は何時何分ですか?」

 朝比奈は自分の報告書を確認した。「午後四時十一分です」

「終了時刻は何時何分ですか?」

「──午後十一時十分です」

「あなたは約六時間分の映像をチェックして、その間の午後七時三十三分に浅見萌愛さんの姿を確認した。その前後の映像で増山さんの姿を確認しましたか?」

 朝比奈が口をつぐんだ。傍聴席が静まり返った。検察官席で蟇目が眉を上げた。世良はノートパソコンのマウスを走らせ、青葉は証拠書類の束を猛然とめくった。

「もう一度お訊ねします」志鶴は言った。「浅見萌愛さんが映っていたこの日のコインランドリーの防犯カメラ映像に増山淳彦さんの姿は映っていたんですか?」

 朝比奈が志鶴を見据える。ふん、と鼻から息を吐いた。「──映っていませんでした」

 視界の端で、ずっと下を向いていた増山が顔を上げるのが見えた。

 まだだ。

「ここでもう一度先ほどの地図を示します」志鶴は書類を入れ替えた。地図の位置を少しずらして、これまで映らないようにしていた部分もディスプレイで確認できるようにした。「ここは、先ほどあなたが丸をつけた、増山さんの姿が映ったカメラを搭載した車が駐車していた家です。この家の二軒隣、矢印の先の方向にある家に『増山文子』と書かれているのが読めますか?」

「……はい」

「その名前を丸で囲んでください」

 ためらったのち、朝比奈は言われたとおりにした。

「この増山文子という人物が誰か、あなたはよくご存じですよね、朝比奈巡査部長?」

 朝比奈は眉をひそめて検察官席を見、ぐっと口を引き結んで志鶴をにらみつけた。「知っています」

「裁判員の皆さんに教えてください」

 朝比奈は法壇を見上げ、はっとして視線を落とすと増山に目を向けた。「──被告人の母親です」

「つまりこの家は、増山淳彦さんが生まれてから逮捕されるまで四十四年間住んでいたご実家ですね」

 眉間にめりめりと皺が寄った。「──はい」

「終わります」

(つづく)
連載第172回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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