◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第172回

警察官ほど偽証が巧みな者はいない。再主尋問で証人は完全に息を吹き返す。
「──捜査報告書についてお訊ねします」再主尋問に立ったのは世良だった。「捜査報告書を作成するタイミングというのはいつなのか、教えてください」
主尋問同様、再主尋問の受け答えも志鶴はノートパソコンで速記した。
「必ずしも決まっていません」意図を読み取ろうとするかのように世良の顔を見て、朝比奈は慎重に答える。
「それはつまり──捜査をして何か新しい情報を得たらすぐ、捜査報告書を書くとは限らない、ということでしょうか?」
朝比奈が答える前に「裁判長」と田口が立ち上がった。「異議があります。ただ今の検察官の質問は、誘導尋問です。主尋問では許されません」
「異議を認める」能城が言った。「検察官は質問を変えるように」
「わかりました」世良は数秒考えて、「あなたが作成した三通の捜査報告書の日時についてお訊ねします。先ほどの反対尋問で弁護人から、浅見萌愛さんが映っていた防犯カメラ映像について報告した一通目と、萌愛さんのお母さんに話を聞いて作成した二通目のあと、被告人が映っている防犯カメラ映像について報告した三通目を作成するまでに半年近く間が空いた、という指摘がありました。二通目と三通目の間に約半年という時間が空いているのはどうしてか、その理由を教えてもらえますか?」
「はい──」朝比奈は姿勢を正しつつひと呼吸し、「慎重を期した、というのがあると思います」
「慎重を期した? どういう意味でしょう?」
「特別捜査本部が設置されるような大きな事件では、犯人につながるような重要度の高い証拠ほど慎重に扱うよう捜査員は指示されます。自分たちの仕事は犯人を逮捕することだけではありません。裁判になってからも被告人の犯人性を証明できるような証拠を準備するのも大事な仕事だからです──」世良の表情を見ながら答えをつむぎ出す。「被告人が、浅見萌愛さんと同日に前後してファミリーセブン綾瀬店の防犯カメラに映っていた事実については、もっと早い時点で把握していました。しかし犯人性を示す重要度の高い証拠だったので、すぐには報告書を作成せず、地取り捜査以外の他の捜査でも裏が取れるのを待っていました。被告人の自白によって裏が取れたと判断したので、裁判に向けて防犯カメラ映像についての報告書を作成しました。一通目二通目から時間が空いたのは、それが理由です」
世良はかすかにうなずくのを抑えられなかった。
「反対尋問で弁護人は、浅見萌愛さんのご遺体が発見されてから半年近くの間、地取り捜査をしていたあなた方捜査員の間で、被告人が怪しい人物としてマークされたことはなかったという意味の憶測を述べていましたが、これについて実際のところはどうだったのか話してください」
「はい──地取り捜査が始まって比較的早い段階で、浅見さんの殺害に関して怪しい人物が数名捜査線上に挙がっていました。被告人もその一人です」増山に鋭い視線を投げる。
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