◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第173回

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第10章──審理 19
反対尋問では証人の答えを徹底的にコントロールする──志鶴は再び刑事と対峙。

「漂白」目次


 再主尋問での朝比奈の証言は後知恵によるこじつけだ。反対尋問で志鶴が突いた弱点を世良と協働して糊塗(こと)した。強引で見え透いているが、裁判員がそう判断するとは限らない。警察官が法廷で噓をつくはずがないという先入観があればなおのこと。

「弁護人、再反対尋問は?」能城が訊ねた。

「します」志鶴は立ち上がり、法壇の斜め前に進んで朝比奈を見る。「先ほどの再主尋問であなたは検察官に、地取り捜査が始まって比較的早い段階で浅見さんの殺害に関して怪しい人物が数名捜査線上に挙がっていた、その中に増山さんもいたと証言しました。そうでしたね?」

「ええ」

「しかし増山さんがなぜ怪しいと疑われていたのか、その根拠については一切説明がなかった。違いませんね?」

「そこまでの質問はなかったので。もちろん根拠はありますよ」

 それは何か? と訊きたくなるが抑える。主尋問と異なり、反対尋問では証人に自由に答えさせず誘導尋問で徹底的にコントロール下に置くのが鉄則だ。

「あなたはこうも話していた──自分たちの仕事は犯人を逮捕することだけではない、裁判になってからも被告人の犯人性を証明できるような証拠を準備するのも大事な仕事だ、と。間違いありませんね?」

「はい」

「ではこの公判で取調べが予定されている防犯カメラ映像は、あなたが報告書を作成したファミリーセブン綾瀬店のものだけだということも当然ご存じのはずですよね?」

 わずかに考えた。「そうでしたか──」

「あなたは先ほどの再主尋問で、増山さんと浅見さんの接点はファミリーセブン綾瀬店だったと証言しましたね?」

「しました」

「その根拠として、増山さんの部屋の窓から店が見えるとも証言した。そうでしたね?」

「──はい」

「主尋問で検察官が法廷で示した、あなたが作成した三通の捜査報告書のどこかにそのような記載がありますか?」

 朝比奈が言葉に詰まる。「記載というか──地図からも一目瞭然だと思いますが」

「先ほどの住宅地図ですか?」

 認めようとして、その地図は志鶴が用意したものだったと気づいたようだ。検察が用意した、浅見の遺体遺棄現場とコンビニ店の位置関係を示した地図に増山の家の表示はない。朝比奈が口ごもった。

「ここで弁×号証として申請している、ご遺体発見現場周辺の防犯カメラの位置を表示した地図を示します──」

 パラリーガルの森元(もりもと)を伴って現地調査し、現場周辺の防犯カメラの設置状況を写真も使って証拠化した。その一部──ファミリーセブン綾瀬店から遺体発見現場までの最短ルート上に設置されている防犯カメラの位置を住宅地図に記入したものを提示した。

「あなたは地取り捜査で、九月十四日の浅見さんの足取りを追っていた。そうですね?」

「──そうです」

「あなたが捜査報告書に書いたファミリーセブン綾瀬店がここ──」志鶴は地図で示した。「次に浅見さんの姿が防犯カメラに記録され、あなたが報告書に書いたコインランドリーはこの位置です。コンビニ店と発見現場を結ぶルートで次に防犯カメラが設置されているのはこの交差点です。この交差点の防犯カメラ映像は調べましたか?」

「そこは──私の担当ではありませんでした」

「あなたの担当ではなかった。つまり他の捜査員が担当して調べたわけですね?」

「……はい」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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