◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第174回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第174回
第10章──審理 20
防犯カメラの映像は証拠とはならない。裁判員にそれを示すことはできただろうか。

「漂白」目次


「増山さんと浅見さんの間の接点について、あなたはつい先ほど検察官にこう説明しました──『被告人が住んでいた家とファミリーセブン綾瀬店は近距離に位置しています。二階にある被告人の部屋の窓からファミリーセブン綾瀬店の入り口が見える距離です。被告人はこの窓からコンビニ店を見張り、被害者を物色していたのではないかと判断されたのです』。間違いないですね?」

「そう言ったかもしれません」平然と答えた。

「それが『接点』であるというのは、あくまであなたの個人的な認識に過ぎませんよね?」

「いえ──われわれ捜査員の間では共通した認識でした」

 予想どおりの答えだ。

「先ほどの再主尋問で、あなたは検察官に、九月十四日、ファミリーセブン綾瀬店の防犯カメラ映像に増山さんが映っているのは、増山さんによるアリバイ工作の一環であると証言しましたね?」

「……はい」

「あなたによれば、そのアリバイ工作の目的とは、『浅見さんが店を出たのと近い時間帯に店を訪れ、店を出たあとあえて反対方向へ向かう姿を防犯カメラに記録させることで、浅見さんの殺害に無関係であるという印象を捜査機関に与えようとしたのではないか』とのことでした。間違いありませんね?」

「──そうでしたか?」検察官席にちらっと目をやった。

「『はい』か『いいえ』で答えてください」

 こちらに目を戻す。「……はい」

「九月十四日の時点で、あなたや他の捜査員が、増山さんを怪しい人物として捜査していたという事実はありますか?」

「それはありませんよ──まだ犯行が認知される前ですから」

「終わります」志鶴は席へ戻った。

 検察側は再再主尋問を請求しなかった。

 あらかじめ想定問答は作成するが、反対尋問は基本的に予測不能だ。浅見萌愛と増山が同じ日に同じコンビニの防犯カメラに捉えられていたことは増山の犯人性を証明する証拠とはならない。それを示すため反対尋問で朝比奈から証言の矛盾を引き出そうとした。朝比奈は信用ならない証人だ。裁判員にそれを示すことができただろうか。能城の介入で追及しきれなかっただけでなく、自分が枝葉を追い過ぎたことで、かえって論点や道筋をわかりにくくしてしまったのではないか──強烈な不安がせり上がる。

 能城が裁判員から質問を募った。左端で手が挙がった。黒いジャケットに黒いTシャツという姿の、三十歳前後に見える痩せた男性だ。能城が発言を許した。

「裁判員の"一番"です」深みのある声だ。手元のメモに視線を落とすと、ウェーブのかかった前髪が落ちた。「令和△年九月十四日の夜、被害者である浅見さんの足取りが最後に確認された場所ですが──ファミリーセブン綾瀬店を出たあとのコインランドリーだった、ということでいいんでしょうか?」

「──私が知る限りでは、そうなります」朝比奈は慎重に答えた。

「コインランドリーから遺体が発見された場所まで、けっこう距離ありますよね。で、さっき弁護士さんが出した地図を見たら、そこまでの間に防犯カメラがいくつもあった。そのどれにも浅見さんの姿は映ってなかったってことでいいんですか?」

「私も自分ですべてを確認したわけではないので断言はできかねますが──」

「ですよね。刑事さん──朝比奈さんが知っている限りの話で教えてもらえたら」

「自分が知る限りでは、そういう証拠はなかったかと」

「なるほど……被告人についても、コンビニを出たあと、自宅の二軒隣の家の車載カメラに映っていた以外の映像はなかったんですか?」

 朝比奈が首をかしげる。「どうでしょうか、断言できかねますが──」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『そして陰謀が教授を潰した~青山学院春木教授事件 四十五年目の真実~』早瀬圭一
思い出の味 ◈ 吉森大祐