◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第179回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第179回
第10章──審理 25
矛盾した供述を示して証言の信用性を問う弁護側の狙いに対し、検察側は?

「漂白」目次


「検察官、再主尋問を」能城が促した。

 世良が立ち上がり、法壇の斜め前へ進んだ。芝垣に向き直る。

「あなたは令和△年九月十四日の夜、浅見萌愛さんと被告人と思われる男性を目撃された。ですが、足立南署でその話をされるまで、半年以上経っている。その理由は何でしょうか」

 反対尋問での志鶴の攻撃で受けたダメージから回復させるための質問だ。

「はい──それは、怖かったからです」

「何が怖かったんですか」

「犯人がです。九月十四日の夜に私が目撃した女子は、たしかに浅見萌愛さんだと思いました。でも、それをつけていた不審な男性が誰かはわかりませんでした。特定できないのに下手に警察に駆け込んで証言したりしたら、それを知った犯人に口留めや報復のため何かされるんじゃないかって」

「何か、というのは?」

「暴力とか……最悪の場合、殺されるかもしれないと考えました」

「警察官には守秘義務というものがあります。あなたが話した内容が外部に漏れる可能性は低い。それでもその心配をしたのはどうしてでしょう?」

「守秘義務のことは、何となくは存じ上げておりました。でも、犯人がなかなか捕まらなかったので、警察に対して不信感も湧いてきたんです。信用できないといいますか」

「そんなあなたが、なぜ目撃したことを警察に話したんですか」

「犯人が逮捕されたからです」

「犯人、とおっしゃるのは?」

「そちらの──被告人です」また増山を指さした。「逮捕の報道をテレビで観て、私が九月十四日の夜に見た不審な男性はこの人に間違いないと思いました。二人目の被害者である綿貫絵里香さんを殺害した事実も認めたので、やっぱりと。でもそのあと、浅見萌愛さんを殺害したことは認めず黙秘に転じました。私が黙っていたら、浅見さんの件では罪に問われないかもしれない。そんな不正義があっていいはずがない。許されない。そう思って、勇気を出してお話ししたんです」

 これも証人テストで世良たち検察官の助言により練り上げられた問答なのだろう。世良が満足しているのが表情から見て取れた。

「先ほどの反対尋問で、弁護人は、芝垣さんの証言に足立南署と検察庁とで三つ異なる点があることを指摘しました。その理由について、思い当たることがあれば教えてください」

「あります」目に光が戻り、口の端がかすかに上向いていた。

「何でしょう?」

「緊張していたんです。私、警察署で証言をする経験なんて初めてで──自分で証言した内容を、警察官の方が読み上げてくださったり、自分でも目を通したはずなんですけど、あまりに緊張していて、ちゃんと内容を確認できていなかったのかもしれません」

「足立南署で作成された警察官調書の内容について、何か気づいたことがあれば言ってください」

「初めての経験で、緊張のあまり、警察官の方の質問を勘違いした可能性があります。もしかしたら、警察官の方が、私の話を聞き違えたことに気づかなかったこともあるかもしれません」

「次に検察庁で事情聴取を受けたときは、どうだったでしょう?」

「はい。警察署で一度経験したので、だいぶ落ち着いてお話しすることができました。検事さんの質問の内容もきちんと理解できましたし、自分が経験した記憶に基づいてしっかり答えることができました。話した内容についても、検事さんが読み上げてくださり、自分でも目を通して間違っていないことが確認できたと思います」

 世良が能城を見た。「終わります」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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