◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第183回

増山の第二回公判を終えたその日の夜、志鶴は事務所のパソコンで……。
「検察官、再々主尋問は?」能城が訊ねた。
「世良が」世良が立ち上がり、法壇の前に向かった。表情や態度に、主尋問や再主尋問をした頃の余裕は感じられない。それでも芝垣を励ますように微笑みかけた。「芝垣さん。先ほどの再反対尋問で、弁護人は、令和△年九月十四日午後八時五十分台にあなたが目撃したことについて、事実とは異なる余地があるかのような先入観を持って執拗に質問を重ねていました。が、本当のところはどうだったのでしょう。裁判員の皆さんに、ご自身の口からはっきり説明してください」
「──はい」芝垣はうなずいた。顔色を取り戻している。「私が、九月十四日午後八時五十分台に目撃した内容について述べたことは、すべて本当のことです。私は、浅見萌愛さんのご遺体が発見された現場のすぐ近くで、彼女のあとをつける被告人を見ました──あの人のことをこの目ではっきり見たんです!」
彼女の右手の人差し指が、三たび増山を指した。
「終わります」世良が言った。
× × ×
以前筆者は「日本の刑事裁判は茶番である」と書いた。
『傍聴マエストロ』の最新の記事はそう始まっていた。
裁判官は有罪の結論ありきで判決文をいかようにも作文できる、と。だが今日の東京地裁での公判を見たからにはその認識をアップデートせざるを得ない。裁判官がいかようにも左右できるのは判決文に留(とど)まらない。訴訟指揮についてもまた彼らは有罪の結論に向かっていかようにも強権を振るうことが可能なのだ。
昨日に引き続き筆者は荒川河川敷女子中学生連続殺人死体遺棄事件の第一審第二回公判期日を見た。今日は検察側の三人の証人に対する尋問が行われた。一人目は被疑者のパソコンを解析したエンジニア。二人目は警視庁捜査一課の殺人班に所属する女性刑事。三人目は遺体遺棄現場近くに住む一般人女性で目撃証人だ。
ポイントは三つ。
①検察側の貧弱過ぎる証拠。
②川村弁護士の反対尋問。
③能城裁判長の訴訟指揮。
夜の九時過ぎ。志鶴は秋葉原の事務所のパソコンでブログ記事を読んでいた。傍聴マニアと思しき「マエストロ」を名乗る人物が傍聴の記録を公開している。最初にこのサイトを教えてくれた三浦俊也がついさっきLINEで、今日の公判期日がもう記事になっていると教えてくれたのだ。
マエストロは浅見萌愛と増山とを結びつける検察側の証拠が弱いことを看破していた。二人の証人、朝比奈と芝垣に対する志鶴の反対尋問は「見応えのある」「エキサイティングなもの」と評価している。
二人目の証人に対する反対尋問では、検察側が提示した被告人と被害者との接点を証明するという証拠の弱さを印象づけることに成功していたと言えるのではないか。その接点に関して、証人の証言が変遷する不自然さを引き出したのも川村弁護士の手腕だ。
三人目の証人への反対尋問はさらにすごかった。詳細は省くが、この証人の目撃証言のみならず、証人自身の信用性までほぼ完全に弾劾していたと言えよう。あの場に居合わせた多くの人間が、証人こそ「真っ黒」で〇〇〇(あえて伏字にする)に問われないのが不思議だという心証を持ったのではないか。
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