◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第187回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第187回
第10章──審理 33
志鶴が弁護側の専門家証人から聞き出した内容に、傍聴席はざわめく──。

「漂白」目次


 

     9

「開廷します」休憩のあと、能城が告げた。「次の証人を」

 傍聴席の最前列で弁護側証人が立ち上がり、証言台に進んだ。長身の男性だった。体にぴったりした鮮やかなロイヤルブルーのダブルのジャケットの下にノーネクタイで白いシャツを着て、白いパンツを穿(は)いている。髪の毛先を遊ばせ、髭を短く刈り込んでいた。四十代の後半。身のこなしはきびきびしている。宣誓を終え証言台の席に着いた。

 志鶴が主尋問に立つ。「お名前をどうぞ」

「南郷周平(なんごうしゅうへい)です」よく響く太い声だ。

「現在はどちらに所属されていますか」

「鵬修院(ほうしゅういん)大学法医学センターの教授でセンター長も務めています」

「どのようなお仕事をされていますか」

「法医学の定義については先ほど江副先生がされたので省略します。私が所属する法医学センターの特徴は、主にデジタル方面の最新のテクノロジーを法医学に導入してさらに進歩させるのを目的としていることです」

「本日ここにお越しいただいた理由について説明していただけますか」

「はい」法壇をまっすぐ見て答えた。「亡くなった浅見萌愛さんの死体検案書を精査し、最新のテクノロジーを使って増山淳彦さんご自身に検証のための実験をしていただいた結果、浅見さんを殺害した犯人が増山さんである蓋然性は限りなく低いという結果が出たことを、裁判員の皆さんにご説明するためです。もっとわかりやすく言えば──先ほどここで証言された江副先生の鑑定結果が、失礼ながら何の根拠もないでたらめだと証明するためです」

 傍聴席がざわついた。江副の表情は変わらなかった。

「先生のご意見の前に、まずご経歴をうかがいます。大学以降のご経歴について簡単にご紹介いただけますか」

「平成×年に国家公務員一種試験に合格し、翌年、東京大学法学部を卒業して警察庁に入庁しました。平成×年に退官し、同年にアメリカのハーバード・メディカルスクールに入学、平成×年に同校を卒業し、同年、アメリカの医師国家試験に合格してニューヨーク市検視局に検視官として採用されました。平成×年から二年間、マサチューセッツ工科大学のMITコンピュータ科学・人工知能研究所に研究員として所属し、その後ニューヨーク検視局に復職しました。平成×年に帰国し、鵬修院大学で法医学センターの起ち上げに携わり、現在に至ります」

「東大を卒業後、警察庁でキャリア官僚になったあと、渡米して医学の道へ進まれた。その理由を教えてください」

「私は、社会正義を守る一翼を担いたいと志し、警察庁に奉職しました。刑事局に勤務するうち、日本の法医学界に大きな問題があることを知りました。変死体の解剖率が先進国の中でも最低レベルで、結果として、保険金目的の殺人や幼児の虐待死等多くの犯罪を見逃している可能性があるということです。警察官になるまで、そのように深刻で重大な問題があることを知りませんでした。そのような状況を変えることこそ自分の使命であると考えるようになりました。その原因の一つはもちろん警察ですが、組織の中から現状を変えるのは困難だと思い、法医学の専門家となって外部から変革しようと考えたのです」

「渡米された理由は?」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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