◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第193回

第三回公判も終盤。この日も『傍聴マエストロ』の記事は更新されていた。
再主尋問にも青葉が立った。
「あなたは一回目の事情聴取では被告人が漂白剤を買って通勤した日にちを特定しませんでした。が、二回目の事情聴取では九月十八日と特定されました。その理由を教えてください」
「記憶が確認できたからです」
「あなたは一回目の事情聴取では漂白剤の銘柄を覚えておらず、容量についても話していませんでした。が、二回目の事情聴取では銘柄と容量をはっきり断定されています。それはなぜでしょう?」
「やっぱり記憶が確認できたからです」
「記憶が確認できた。どういう意味でしょう?」
「日にちも、漂白剤の銘柄と容量も、最初から覚えていました。けど、最初の事情聴取で聴かれたとき、いい加減なことを言ってはいけない、私一人の記憶だけで断定するのは不安だと思って検事さんに言いませんでした。でも、そのあと妻や従業員たちと話して、自分の記憶が間違っていなかったことを確認できたので、二回目の事情聴取では日にちも漂白剤の銘柄と容量も具体的に答えたんです」
「尋問を終わります」青葉が席に戻った。
志鶴は再反対尋問をしなかった。獲得目標は達成できた。裁判官尋問はなかった。能城が裁判員に訊ねると「はい」と手が挙がった。一番の男性の隣に座っている、三十歳前後に見える女性だ。
「裁判員の二番です」彼女が今井に言った。傍聴人の視線を感じて緊張したように見えた。「ええと、被告人は否定しなかった、っておっしゃってましたよね……あっ、浅見さんのご遺体が発見されたニュースのあと、今井さんや販売店の他の従業員の人が、被告人に向かって犯人じゃないか、って冗談を言ったときです。そう言われても、被告人は否定しなかった、って」
「はい」今井が答えた。
「それを聞いて思ったんですが……被告人、って、わりとふだんから職場でイジられ役っていうか、みんなからからかわれるキャラだったんでしょうか」
今井は増山に目を向けた。「あいつ──被告人は無口で職場仲間に自分から積極的に話しかけるタイプじゃないから……まあ、コミュ障、てやつですか」
「『はい』か『いいえ』で答えると、どうなりますか」能城が割って入った。
「あれ、どういう質問でしたっけ?」
「被告人は、イジられキャラだったか……」二番がくり返した。
「そうか。ごめんなさい。答えは『はい』かな」
「そうですか」二番が能城を見た。「もう一つ、質問してもいいですか」
「どうぞ」能城が寛大にうなずいた。
「ふだん、からかわれたときの被告人のリアクションって、どんな感じだったのか教えてもらっていいですか。そのノリに乗っかって冗談で返すのか、それともキレたりする感じなのか」
「冗談で返すってのはまずないです。そういうタイプじゃないんで。キレるっていうのも……内心はわからないけど、そういう感じでもないですね」
「じゃあ一番多いリアクションって……?」