◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第195回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第195回
第10章──審理 41
現場引き当たり捜査での増山の言動を、刑事は法廷で詳しく証言していく。

「漂白」目次


「被告人が遺体遺棄現場へ向かって歩く前後に、捜査員で気をつけていたことがあれば教えてください」

「係長以下、われわれ現場に立ち会った捜査員が徹底して心がけていたのは──被告人を誘導しないことです」

「誘導しない? どういう意味でしょう」

「専門用語で『秘密の暴露』と言いますが──」久世はピンク色の唇を舌で湿した。「われわれ警察官が現場引き当たりをする最大の目的は、真犯人にしか知り得ない事実を被疑者が知っていると明るみに出すことです。捜査員は捜査の過程で遺体遺棄現場の状況を知っています。もしわれわれがその情報に基づいて被疑者を誘導してしまうようなことがあれば、被疑者の証言が客観的事実と一致しても、それは秘密の暴露には当たらないことになります。万が一にもそのような事態を避けるため、捜査員一同、また現場に立ち会われた岩切検事も、決して被告人の前には出ないよう細心の注意を払っていました」

「つまり──?」

「被告人が先頭に立って、自分の意思で歩いていた、ということです」

「その後の被告人の動きを矢印で描き込んでください」

 久世が地図上に描き込む矢印を見ながら、志鶴は自ら現地調査した記憶を蘇らせた。舗装路は右手にある川に沿って走っている。右前方、舗装路から川にかけて──季節にもよるだろうが──人の背丈ほどもある灌木(かんぼく)が生い茂って壁のようになっている。草の匂いまでもが想起された。その灌木は近づくと二列になっており、右を向くと、間に挟まれた二メートル幅の分岐路が、自分が立っている舗装路から直角に川の方へと十メートルほど延びたところで尽きているのが見えるはずだ。

 増山はそのとおりに歩いている。久世が背後から増山を写した画像がディスプレイに表示される。柳井など捜査員が扇状に広がって増山に続いていた。岩切と北警部も見える。増山の前方と左側は青いビニールシートの壁。

「十メートルほど進んだところで被告人が立ち止まりました」

「被告人が立ち止まった場所に△を描き、『立ち止まった場所』と書き込んでください」

 久世が△を描いたのは、舗装路と短い分岐路がT字に交わる地点だった。

「それからどうなりました?」

「被告人が、舗装路から突き出した短い分岐路を指さしました」

 次の写真で、増山は捜査員たちを振り返り、手錠された右手を少し上げ分岐路を示している。うかがうような目で、口は開いている。怯えているようにも見えた。青いビニールシートが道路前方からの視線を遮っている。

「左手に突き出した分岐路を指さした。そして?」

「『ここです』と言いました」

「『ここ』というのは?」

「まさに柳井係長が被告人にそう質問しました──『「ここ」、とは何のことかな?』と。すると被告人はこう答えました──『死体を棄(す)てた場所です』と」

 久世は言葉を切って法壇を見上げた。善良そのものの警官に見えた。世良が満足げな顔で間を取った。

「それからどうなりましたか」

「立ち会っていた捜査一課の北警部が、『本当にここでいいのかな? 他の場所じゃなくて、確かにこの場所に絵里香さんのご遺体を棄てたのかな。間違いないんだね?』と確認しました。すると被告人は、『間違いありません』と認めたんです」

 世良がまた間を取った。「それからどうなったでしょう?」

「柳井係長が、綿貫さんのご遺体をどんな風に遺棄したのか訊ねました。すると被告人は、『両足が手前に来るようにして、仰向(あおむ)けの状態で遺棄しました』と答えました」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『ミライヲウム』水沢秋生
◎編集者コラム◎ 『予備校のいちばん長い日』向井湘吾 企画・監修/西澤あおい