◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第196回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第196回
第10章──審理 42
刑事が証言しなかった捜査の内実を、志鶴は反対尋問で引き出せるのか?

「漂白」目次


「読み上げますので見ていてください。『実施日時 令和×年三月二十四日午前九時〇分から三月二十四日午後四時三十分まで』──今私は正しく読み上げましたね?」

「はい」

「増山さんが留置されていた足立南署から、引き当たり捜査を行った荒川河川敷の現場まで、片道の移動時間はどれくらいですか?」

「……諸々(もろもろ)、準備などを含めると三十分、いや四十分くらいかな」志鶴の意図が読めてきたようだ。おそらく多めに申告している。

「準備を含めて片道四十分。往復ではその倍、と考えていいですね」

「──ええ」

「午前九時〇分から午後四時三十分までの時間を計算すると七時間三十分。そこから往復にかかる計八十分を引くと六時間十分。引き当たり捜査当日、増山さんやあなた方捜査員は、じつに六時間もの間、現場に留まっていた。そういうことですね?」

 久世が口をすぼめた。「……捜査計画書の時刻は、あくまで計画ですよね。もう少し早く切り上げた気がするなあ」

「裁判長、証人の供述を明確にするため、弁×号証として申請している令和×年三月二十四日付被留置者出入簿を示します」

 表情は渋かったが世良の異議はなかった。志鶴は書面を提示して、その日増山が足立南署の留置場を出たのが午前九時〇分であること、ふたたび戻って来たのが午後四時五十二分であることを法廷に示した。

「──増山さんは当初の計画より遅い時間に留置場に帰されている。少なくとも六時間は現場にいた。そうじゃないんですか」

「ならそうだったんでしょうね。でも、それで思い出したんですが、食事の時間がありました」

「食事とは、昼食のことですね」現場引き当たり捜査が午前から午後にまたがる場合、本来留置場内で摂る昼食を警察施設外で摂ることがある。その場合には留置管理課が「給食」として食事の手配をする。捜査計画書の記入欄に給食を手配した記載があった。

「そうです。だから、現場に正味六時間いたとはいえないんじゃないですかね」

「昼食の時間はどれくらいでしたか」

「四十──五十分くらいかな」

「五十分として、六時間十分から五十分を引くと、四時間二十分。少なくとも現場でそれだけの時間があったと言えますね」

 久世は他のことを言いかけて、「そういうことになりますかね」と答えた。

「ところで──現場付近までは、増山さんが同乗する捜査車両で移動した、そうおっしゃいましたね?」

 久世が志鶴の顔を見た。「……はい」

「ここで、荒川下流河川事務所ホームページからプリントアウトした『新・荒川下流河川敷利用ルール』を示します」

「その目的は?」能城が訊ねた。

「証人の記憶喚起のためです」

「検察官?」

 世良は怪訝そうに志鶴を見てから、「異議があります。理由がありません」と言った。

「検察官の異議を棄却する」能城だ。「弁護人は続けるように」

 志鶴はウェブサイトをプリントした書面を証言台に置いた。久世も当惑しているように見えた。

「これは現場付近の荒川河川敷を管理する、国土交通省関東地方整備局荒川下流河川事務所のホームページをプリントしたものです。ここに『新・荒川下流河川敷利用ルール』として『禁止行為』が列挙されています。その一つを読み上げます──『自動車及びオートバイの河川敷への進入は禁止です(管理者の許可がある場合は除く)』。今私は書いてあるとおり読みましたね?」

「──はい」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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