◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第196回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第196回
第10章──審理 42
刑事が証言しなかった捜査の内実を、志鶴は反対尋問で引き出せるのか?

「私は自分の足で現地調査もしているのでよく知っています。荒川河川敷の道路は一般の道路とは異なり、荒川下流河川事務所の管轄下にあってオートバイや自動車は自由に入ることができない。ルールとして禁じられているだけではありません。一般道と河川敷の道路との境目には回転式の車止めゲートがあり、南京錠(なんきんじょう)がかかっていて物理的にも侵入できないようになっている。そうですよね、久世巡査部長?」

「え……ああ、そうです」

「綿貫さんの事件の現場引き当たり捜査の際も、回転式車止めゲートには南京錠がかかっていた。違いませんか」

「かかっていました」

「どうやってゲートの中に入ったんですか」

 志鶴の意図を計りかねてか久世は口ごもって世良に目をやった。世良は助け舟を出せなかった。

「管理事務所からあらかじめ南京錠の鍵を借りて、それでゲートを開けました」当然そうしたはずだ。

「捜査車両がゲートを通り抜けたあと、南京錠はどうしましたか」

「──また施錠しました」

 志鶴は久世ににっこり笑いかけた。久世が眉をひそめた。自分が何かミスをしたのではないかと半信半疑になっているようだ。

「話を戻します。綿貫絵里香さんの死因は知っていますね?」

「──はい」

 志鶴は増山の第一回公判期日調書を証言台のカメラの下に置き、綿貫の司法解剖を担当した医師の証言を改めて法廷に示した。

「『死因は、複数箇所への刺器損傷による腹部からの大量出血による失血死と推測されます』。さらにこうも証言されている──『凶器はナイフ等の先端の尖(とが)った片刃の刃物であると推定できます。その刃の長さは十センチ以上、刃幅は三センチ以内であろうと推測されます』」志鶴は正確に読み上げたことを久世に確認させた。「引き当たり捜査であなた方捜査員は、増山さんが綿貫さんを殺害し、ご遺体を遺棄したと断定して遺体の遺棄状況について訊ねた──そう証言されましたね?」

「はい」

「さらに、増山さんが綿貫さんを殺害したと断定して殺害時の状況を再現させた、と、こう証言されましたね?」

「はい」

「あなた方捜査員は少なくとも四時間二十分もの長時間遺体遺棄現場にいて増山さんを尋問した。増山さんに訊いたのは遺体の遺棄状況と、殺害時の状況だけだったんですか?」

「……いえ」

「現場引き当たり捜査で、あなた方捜査員は増山さんに他に何を訊ねましたか」ここでもあえてオープンな質問を投げた。久世の答えは予想できるし、何を答えてもこちらのダメージにはならないからだ。

 久世が口ごもった。

 志鶴は口を開く。「あなた方捜査員は、増山さんを犯人と断定したうえで、綿貫さんを殺害した凶器をどうしたか増山さんに訊ねませんでしたか」

「──訊いたと思います」

「あなた方捜査員は、当日行方不明になる前、下校時に綿貫さんが乗っていた自転車をどこへやったのか、増山さんに訊ねませんでしたか」

「──訊きました」

「あなた方捜査員は、増山さんがどうやって現場まで綿貫さんを連れてきたのか、訊ねませんでしたか」

「訊きました」

「あなた方捜査員は増山さんに、綿貫さんの着衣の刺し傷が集中していた辺りに、綿貫さんの着衣とは異なる布繊維が発見されたことについて訊ねませんでしたか」

「──訊いたと思います」

「その繊維がどういう布製品に由来するか、訊ねませんでしたか」

「訊いたと思います」

「その繊維が由来する布製品をどうしたか、訊ねませんでしたか」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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