◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第197回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第197回
第10章──審理 43
大詰めの第四回公判。捜査に当たった刑事に対し、志鶴は尋問の手を緩めない。

 採取された繊維片は生物顕微鏡による表面形態の観察と混用率試験により、天然の植物繊維である木綿百パーセント、繊維長からアメリカまたはメキシコまたはオーストラリア製と推定された。顕微分光光度計による可視部分光分析を行った結果得られた可視部吸収スペクトルのグラフから、色見本で「テラコッタ」と呼ばれる茶系統の色に近い色であると鑑定された。目視できる撚糸(ねんし)の太さから、タオル地などの生地である可能性が高いとも。

 この繊維片は真犯人──トキオ──が、綿貫絵里香殺害の際、返り血が飛び散るのを抑えるために使用したタオルに由来するものではないかと志鶴と都築は考えている。その可能性を示すのが研究員を証人尋問した目的だった。検察側は反対尋問せず、公判期日の四日目が終了した。

 

 事務所へ戻った志鶴は翌日の準備にかかった。争点としての重要さとボリュームと複雑さという点で最もハードな尋問になることが見込まれている。田口の助けは借りずに一人で乗り切るつもりだった。すでに十分時間をかけて準備してきていたが、改めて一連の流れとポイント、反対尋問での想定問答を確認し、体に叩き込む。

 スマホの呼び出し音が鳴ったのは、午後九時過ぎだった。未登録の携帯電話番号。

「──はい」

『弁護士の川村先生ですか? ご無沙汰してます、富岡(とみおか)です。ネオエース専門のカスタムショップの──』

「ああ、富岡さん──」思い出した。トキオのネオエースを追跡していたとき情報を求めて訪れた店の店長だ。「ご無沙汰してます。今日は何か……?」

『川村先生、半年くらい前に白いネオエース探してましたよね、カスタマイズされた。あの情報ってもう必要ないですか?』

 息を吞んだ。「いえっ──まだ探してます」

『そっか……見つけたっぽいんですよね、じつは』

「本当ですか──!?」

『すみません、時間かかっちゃって』

「でもどうやって……?」

『インスタです。「#ネオエースカスタム」のハッシュタグでなかなか見つからなかったんだけど、今日たまたま「#街で見かけた車」っていうハッシュタグ見たら、これじゃん、てなって』

 富岡は志鶴のメール宛てにその投稿のリンクを送ってくれた。リンク先を開くと、住宅街の交差点で信号待ちをしている白いネオエースの写真があった。対向車線の車内のウィンドウ越しに撮影されており、車の前面がしっかり写っている。運転席の人影はフロントウィンドウへの光の反射でよく見えず、プライバシーを尊重してだろう、ナンバープレート部分にはボカシ加工が施されていてナンバーは読み取れなかった。が、「#街で見かけた車」の他、「#千葉」さらには「#袖ヶ浦」というハッシュタグも並んでいた。心臓が高鳴った。投稿日はおよそ三ヵ月前。

『探してる車、袖ヶ浦ナンバーっておっしゃってましたよね?』

「ええ」

『それもあるし、カスタムパーツを見てもその車でビンゴだと思います』

「──ありがとうございます!」

『その写真をアップしたアカウント、最後の投稿が二ヵ月くらい前なんですよね。あんまりアクティブじゃないから、連絡してもレスポンス遅いかもです。あ、でも開示請求とかは弁護士さんの方が専門か』

「ここから先は自分で何とかします。本当に助かりました」

『お役に立ててよかったです。約束どおり、もしうちに何かあったときは無料相談お願いできますか』

「もちろんです──!」

 電話を切ると志鶴は早速、仕事の情報収集用に開設した自分のアカウントからトキオのものと思われるネオエースの写真を投稿したアカウントにダイレクトメッセージを送った。身分を明かし、名乗ったうえで、ネオエースの未加工の画像データがあるか、もしあれば送ってもらえないかという内容だ。守秘義務があるので詳しい事情を話すわけにはいかないが、もし提供してもらえたら些少(さしょう)ながら謝礼を出すとも。

 田口と都築にもメールでその事実を連絡する。SNSの提供業者に対する発信者情報開示請求はしなかった。それが必要になるかどうかは明日の公判期日にかかっている。

 志鶴はふたたび作業に戻った。

(つづく)
連載第198回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

「推してけ! 推してけ!」第21回 ◆『ナゾトキ・ジパング』(青柳碧人・著)
◎編集者コラム◎ 『道』白石一文