◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第199回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第199回
第10章──審理 45
尋問に先立ち、法廷ではDNA鑑定についての基礎知識が語られている。

「漂白」目次


「DNAには特徴がある──」剱持がリモコンを操作した。

 

DNAの特徴
 ①(ヒトの肉体を構成するすべての細胞を作るための情報と、)遺伝情報が入っている
 ②どの細胞核にあるDNAも、基本的にすべて同一でかつ終生変わらない

 

「①の前半──カッコ内の部分は今日は無視していい」剱持は証言台のタブレットのタッチペンで該当する部分を赤線で消した。「①の後半部分。大事なのはここだ。DNAには遺伝情報が入っている。遺伝情報とは何か。人間はどうやって生まれる? そう、卵子に精子がくっついて受精して受精卵になり、この受精卵が細胞分裂をくり返して赤ちゃんの体を作る。つまり人間はみんな、卵子から母親の情報を、精子から父親の情報を受け継いでいる。『②どの細胞核にあるDNAも、基本的にすべて同一でかつ終生変わらない』──どういうことか。人間の細胞は約二百七十種類ある。が、ある人の骨を作っている細胞でも筋肉を作っている細胞でも、髪の毛を作っている細胞でも内臓を作っている細胞でも──すべての細胞の核にあるDNAは、同じ人間の細胞であれば同じということ。そして、基本的には生まれたときから死ぬまで変わらない。はあ、なるほどねえ」自分で相づちを打った。

 裁判員たちはみな退屈することなく集中して聞いているように見えた。

「次、DNAの役割──」

 

DNAの役割
(①4種類の塩基の配列の組み合わせによって、タンパク質を生成する指令を出す)
 ②遺伝情報を伝達する媒体となる

 

「カッコでくくった①はまるっと無視──」また赤線で消した。「『②遺伝情報を伝達する媒体となる』──ここは、ざっくりイメージできればOK。大事なのは、さっきのDNAの特徴──①母親と父親の遺伝情報が入ってる、そして②生まれてから死ぬまで変わらない──と、このDNAの役割の二つ、合わせて四つの条件を利用することで、これからわれわれが問題とするDNA鑑定技術──すなわち、個人を識別するためのDNA型鑑定が生み出されたってことだ。ここまで頭に入れてくれ。で、この先に進む前に、ちょっとDNAの構造を見てみよう」

 ディスプレイにDNAの構造モデルが表示された。

「どこかで一度は見たことあるよな? 名前も絶対知ってる──そう、二重らせん構造。文字どおり二本の鎖──この図だと紐(ひも)みたいに見えるけど鎖と呼ぶ──が対になってらせん状にねじれている。二本を結んでいる真ん中の部分、はしごの横木みたいなものが並んでるよな。これは何だろう?」リモコンを操作してその部分を示す名称を表示させた──『塩基』。「あー何か難しい言葉が出たあ! 塩基って何? 大丈夫。ここで覚えてもらう化学用語はこれだけだ。必要なことだけ説明する。DNAの塩基というのは、二重らせんの二本の鎖のそれぞれから出て中心で二本を結びつける働きをしている。一本のはしごの横木は左右二つの塩基でできている。さっきもちょっと言ったけど、DNAの塩基は四種類ある──」

 

DNAの4種類の塩基……アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)

 

「わー、わけわかんない……! 大丈夫、アデニンだグアニンだシトシンだ、なんて言葉はこの先一切出てこない。大事なのはDNAの塩基が四種類あることと、その頭文字がA、G、C、Tだってこと。この図で示したとおり、DNAの二重らせんでは、A、G、C、Tがさまざまな順番で組み合わさって、ずーっと長くつながっている。DNAの二重らせんはものすごく長い。肉眼では見えない小さな細胞のさらにその中の核にぐにゃぐにゃぐにゃっていう感じで入っているのを取り出して伸ばすと、じつに二メートルの長さになる。まずそれをイメージしてくれ。そうしたら次、今度は染色体の登場──」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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