◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第1回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第1回
序章──予震 01
「正義」とは!?若き女性弁護士が困難な刑事裁判に臨む、本格法廷サスペンス連載スタート!

 二十四歳。未央の魅力を表す言葉が清楚なら、沙羅は対照的にセクシーという形容がふさわしい。彼女のような職業はただでさえ偏見の目で見られがちだ。とくに女性の裁判員の反感を買うことを志鶴は懸念していた。逮捕時に明るくカラーリングをしていた髪の毛は色が落ち、拘置所で短く切られていたし、公判では志鶴が拘置所に差し入れたグレーのスーツを着てノーメイクだが、それでも目を引くどこかエキゾチックな魅力は露(あら)わなまま隠せない。

 高校を卒業してから自活しているという彼女には、話していると、年上である自分より成熟している部分もあり、しっかりしている女性という印象を志鶴は受けた。殺人事件の被疑者として警察官や検察官の過酷な取調べに対して否認や黙秘を貫いてきた彼女でも、忍耐が臨界点を迎えつつあるのだ。

 無理もない。

 公判期日を通じて、「被害者の妻」の存在感は日に日に増すばかりだった。

 被害者参加人として出廷し、当事者席に座っていただけではない。検察側の情状証人として尋問を受け、自分たちの夫婦関係が円満であったこと、栗原学(まなぶ)が夫としても父としてもしっかり責任を果たしていたよき家庭人であったこと、夫を愛し、一人の人間としても消防士としても尊敬していたこと、夫を突然奪われたことによって心身および生活に痛烈な打撃を被ったことを証言した。

 被告人質問では自らも質問者として立ち、夫の死に対して責任を感じているかという、どちらに答えても被告人が不利となる質問をぶつけて沙羅を口ごもらせたうえ、「感じていないことはないです」という答えを引き出し、裁判員らに彼女が有責であるという印象を与えるのにおそらく成功した。

 それだけではない。

 被告人質問が終わると、被害者による心情等の意見陳述制度を使って胸の内を自由に語った。被告人を自らの夫を殺した殺人犯と断定したうえで。

 不倫によって精神的に夫を奪われていただけでも甚大なショックだというのに、今度は殺人によって夫を肉体的にも社会的にも奪われたことは妻として到底受け入れがたく、被告人を許すことは断じてできない。せめて正直に罪を認めて償って欲しい。検察官の求刑は十六年だが、自分としては無期懲役でも納得できないくらいである。本当は極刑を求めたいくらいだ、と、涙をこらえつつ震える声で訴えた。

 六人の裁判員は、彼女から目をそらさず話に聞き入っていた。五十代とおぼしき主婦は神妙な顔でかすかにうなずき、四十代既婚の女性会社員は同情に満ちた表情を浮かべ、六十代の男性嘱託社員の目がうっすらと浮かんだ涙で光っているのを志鶴は看取した。

 裁判員は選任手続の過程を経て、百人程度の中から絞り込まれてゆく。弁護人が知らされるのは氏名と性別のみ。しかし、インターネットで検索をかけると、SNS等でヒットしてそれ以上の情報が得られることもある。志鶴がそうして属性を知った三人が、未央の言葉に心を動かされたのは疑いなかった。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎『横濱王』永井紗耶子
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