◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第200回

遺伝子の特定部位に着目して調べるDNA鑑定。その根本的な原理とは──?
ヒトの遺伝子……99.9%は共通
「じゃあどうするのか。残りの〇・一パーセントの中で、とくに個人間で違いがわかりやすいごくごーく一部の特定の部位に注目し、そこだけをピックアップして調べる。その注目する特定の部分──ターゲットになる部分のことを『ローカス』って呼ぶわけだ。はいもう一度」
剱持はまたディスプレイにローカスの定義を呼び出した。
「うん、ちょっとイメージできるようになった。DNA鑑定っていうのは、遺伝子の中でも個人差がわかりやすいごく一部の特定の部位──ローカス──に着目して調べることだ。なるほどなるほど。ローカスはもうOKだな? さあここで、DNA鑑定の目的って何だったか思い出してみよう。そう、二つ以上のDNAを比べて、同じ人物のものか違う人物のものか調べること。じゃあどうやって比べるのか? DNAの中で比べる場所をローカスっていうのはわかった。次に大事なのがこれ──」
DNA多型……個人による違い
「わー、また新しい用語出てきちゃったよー。大丈夫。皆さんすでに、同じ人間でもDNAって一人ひとり異なってるってこと知ってるよな? 『多型』ってのはつまりその違いのこと。難しく言ってるだけで簡単だ。DNA鑑定で注目するのは、特定の塩基配列がくり返されている部分。ん、どういうこと……? 口で言うより目で見た方が早い──どん!」
(例)
甲さん GCTATATACGA TAのくり返し数 3回
乙さん GCTATATATACGA TAのくり返し数 4回
「わかるかな? 今、甲さんと乙さんのDNAのごく限られた特定の部位──ローカス──に注目して調べている。このAとかTとかGとかCは何だっけ? そう、塩基。DNAの中にある四種類の塩基だよな。何か気づかないか? そう、甲さんも乙さんも、最初の『GC』っていう部分と、最後の『CGA』っていう部分は同じ、一致している。でもその間の部分が違ってる。このローカスでは、『GC』と『CGA』の間で『TA』が何回かくり返される。でもそのくり返しの数には違いがある。たとえば甲さんは三回くり返されているが、一方乙さんでは四回くり返されている。あ、じゃあ甲さんと乙さんのDNAは違うんだね──そう、これがDNA鑑定の根本的な原理。DNAの、塩基の短いくり返しが見られ、くり返し数によって個人差がある特定の部位に注目して調べ、同じなのか違っているのかを比べるってことだ。わかったな?」
裁判員の何人かがうなずいた。
「ここまで理解できていれば大丈夫。では実際にはDNA鑑定はどんな風に行われるのか。詳しい内容はこの先の証人尋問に譲るとして、二つのDNAが同じであるか違っているかを判定する方法を簡単に話して、DNA鑑定の基礎知識の解説をしめくくる。まず現在日本の科捜研では、DNA鑑定に『アイデンティファイラープラスキット』という検査キットを使っている。このキットでは十五種類のローカスと、性別を決める『アメロゲニンローカス』の合わせて十六のローカスを同時に検査することができる。アメロゲニンローカスが『XX』なら女性、『XY』なら男性のDNAだとわかる。あれ、どこかで聞いたよな? そう、二十三番目の染色体・性染色体の話と同じだ。さて、皆さんがちょっとややこしいと思っちゃうのがローカスの名前──」
剱持はスライドに「アイデンティファイラープラスキットで調べる部位」と題された表を示した。縦の列には上から1、2、3……と16までの数字が並んでいる。一番上の行には対応する項目として「調べる部位(ローカス)」「染色体番号」「くり返し単位」「くり返し数」「アリル数」があった。
「ここまでの説明で皆さんはもうこの表を理解できる。ちょっと見てみよう。一番下、『16』の『調べる部位(ローカス)』は『アメロゲニン』。その『染色体番号』は『X、Y』──今言ったばかりだよな? で、一番上『1』のローカスのところを見ると、今度は『D8S1179』──うわー、ややこしい。そうなるよな。でも大丈夫。このローカスの『染色体番号』は『8』。D8S1179の8っていうのは、第八染色体にあるよっていう意味。つまりこのアルファベットと数字は、そのローカスが染色体の中でどの部分にあるかという位置を示しているだけ。なのでローカスの名称にビビったり難しく考える必要はまったくなし! いいな?」
裁判員の一人が頰を緩めた。
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