◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第200回

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第10章──審理 46
遺伝子の特定部位に着目して調べるDNA鑑定。その根本的な原理とは──?

「さて、ちょうどこの表があるからDNA鑑定の判定について最後に説明する。たとえば、三番目のローカス『CSF1PO』に注目してみよう。『染色体番号』を飛ばして『くり返し単位』を見ると『AGAT』となっている。さっきの例の甲さん乙さんでは『TA』がくり返されていたが、このローカスでは『AGAT』がくり返されて『AGATAGATAGAT……』みたいになっている部分があるということだ。次に『くり返し数』を見ると『6~15』となっている。ここは非常に重要だ」

 

CSF1PO

くり返し数6 ……AGATAGATAGATAGATAGATAGAT……
くり返し数7 ……AGATAGATAGATAGATAGATAGATAGAT……
くり返し数8  (省略)
くり返し数9  (省略)
くり返し数10 (省略)
くり返し数11 (省略)
くり返し数12 (省略)
くり返し数13 (省略)
くり返し数14 (省略)
くり返し数15 ……AGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGATAGAT……

 

「CSF1POのローカスに関してはこれまでのデータで、くり返し単位が六回の人から十五回の人まで、計十通りの結果が出ることがわかっている。表の一番右に『アリル数』ってあるよな? ここには『10』と入ってる。つまりアリル数というのは、それぞれのローカスでくり返し単位がくり返される回数のすべてのバリエーションの数を示している。ローカスっていうのは、DNAの中でもとくにこういう個人差の出やすい部位を選んでるってことがわかるよな。さてここで、また甲さん乙さんに登場してもらおう」

 

CSF1PO

甲さん くり返し数 7  → CSF1PO 7型
乙さん くり返し数 12 → CSF1PO 12型

 

「甲さんと乙さんのDNAのCSF1POというローカスを調べたとき、甲さんではAGATが七回くり返されていた。このとき甲さんは『CSF1POは7型』となる。一方乙さんはAGATが十二回くり返されていた。このとき乙さんは『CSF1POは12型』となる。こうしてそれぞれのローカスでくり返し単位のくり返し数によって型を決めていく。このような鑑定をDNA『型』鑑定と呼ぶ。俺はここまでずーっとあえてDNA鑑定という言葉を使っていたが、今日この場で問題となるDNAによる個人の異同識別──二つのDNAが同じ人のものか、違う人のものかを判定する──のために用いられる方法を、科捜研ではDNA型鑑定と呼んでいる。DNA鑑定っていうのは広い意味で使う言葉。DNA型鑑定っていうのは、その中でDNA多型に注目して個人識別を鑑定することを指す言葉。型鑑定っていう言葉の意味、皆はもう理解できたよな?」

 裁判員の何人かがうなずいた。

「なので以降はこちらの言葉を使う。さて、DNA型鑑定の基礎知識の解説は以上。乱暴な物言いにも我慢してご清聴いただき、ありがとうございました」剱持が頭を下げた。「えー、何か質問はありますか」

 裁判員たちは手元の資料を見たり、ディスプレイに目をやったりして今の内容を消化しようとしているようだった。

「どうですか、皆さん。質問はありませんか?」能城が裁判員に訊ねた。

「あ、はい」手を挙げたのは一番の男性だ。「今剱持さんは例として、CSF1POという一つのローカスについて、甲さんと乙さんが異なる型の持ち主であるという説明をされました。が、たとえばその二人と別に丙さんという人がいたとして、この人は甲さんとは別人だけど、CSF1POのローカスでは同じ七型だった、というようなこともあり得るんでしょうか?」

「あり得ます」剱持が答えた。「たとえば、十六あるローカスのうち七つのローカスでは同じ型だったが、残りの九つのローカスでは型が違うとか。そうしたことは起こり得ます」

「その場合は、当然別人と判断できるわけですか?」

「検査する試料の状態などによっても変わってくるので一概には言えませんが、原則的にはそう考えて問題ないとされています」

「わかりました。ありがとうございます」

 他の裁判員からもいくつか質問があがった。剱持が答えると納得したような顔になった。審理計画どおり能城が休廷を告げた。

(つづく)
連載第201回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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