◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第201回

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第10章──審理 47
現場で採取された煙草の吸い殻と、増山のDNAを鑑定した担当者が証言台に。

「漂白」目次


 

 休憩後、一人目の証人尋問が始まった。

 足立南署刑事課鑑識係に所属する女性警察官だった。綿貫の遺体遺棄現場で煙草の吸い殻を採取し、証拠として保管して報告書を作成した。蟇目は、その一連の手続きが国家公安委員会規則である犯罪捜査規範に則(のっと)った適正なものであったことを証言させた。尋問の途中では綿貫から出血した血がついた吸い殻の写真も法廷に示された。

 二人目は増山からのDNAの採取を担当しDNA採取に関する報告書を作成した足立南署の刑事、灰原だった。こちらも刑事訴訟法に則った適正な手続きで、増山は任意つまり本人の意思で採取に応じ綿棒で自ら口腔(こうこう)内のDNAを採取したと蟇目が証言させた。

 昼の休憩を挟んで、三人目の証人尋問が始まった。

 検察側の傍聴席から証言台に歩み寄ったのはネイビーのスーツ姿の男性だ。遠藤拓斗(えんどうたくと)。警視庁科学捜査研究所第一法医科研究員副主査。科捜研に勤務して十五年。科警研の研修所で所要の研究課程を修了し、DNA型鑑定資格認定書の交付を受けた。その後も豊富なDNA型鑑定の経験を持っている。綿貫の遺体遺棄現場で採取された煙草のDNAと、増山から採取したDNAの鑑定作業を担当した。主尋問に立った青葉はまず煙草の吸い殻のDNA型鑑定について質問した。

「──あなたが行った鑑定方法についてお訊ねします。どのような方法で鑑定を行いましたか?」

「常染色体のSTR多型の検査と、性染色体であるX及びY染色体のSTR多型の検査です」

「裁判員の皆さんに馴染みのない言葉だと思います。もう少しわかりやすい説明があれば教えてください」

「まず『STR』というのは、英語で"Short Tandem Repeat"の略──先ほど剱持が説明した、短い塩基のくり返しのことです。たとえばCSF1POというローカスではAGATという塩基の組み合わせがくり返されていました。STR多型は、その塩基のくり返し数が同じか異なるかによってDNAの異同を識別する方法のこと。つまり先ほど剱持が皆さんにわかりやすい言葉で説明した方法を指します。また、『常染色体』というのは、二十三対の染色体のうち、性染色体である二十三番目の染色体を除いた第一染色体から第二十二染色体のことを指します。剱持がなるべく専門用語を使わないように説明した鑑定方法を、専門用語で呼ぶとこうなるということです」

 裁判員の何人かが納得した様子でうなずいた。

「なるほど。先ほど解説された型鑑定の方法をSTR多型検査と呼ぶわけですね。この鑑定方法の特徴について教えてください」

「STR多型によるDNA型鑑定は、世界的にもすでに確立され広く用いられている信頼性の高い鑑定方法です。また、同じ機器や試薬を用いることで、誰がやっても同じ結果になるという再現性もあります」

「あなたがDNA型鑑定を行った施設について教えてください」

「警視庁科学捜査研究所内にある、空調設備及びシャワー付きのクリーンルームを備えたDNA型検査専用施設です」

「なぜ専用の施設で行うのですか」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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