◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第201回

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第10章──審理 47
現場で採取された煙草の吸い殻と、増山のDNAを鑑定した担当者が証言台に。

「鑑定する試料に別人のDNAが混入したり、化学変化を起こすような物質で汚染されないよう厳しい基準で管理された場所で行うことに決まっております。鑑定作業の際には帽子やマスク、手袋を着用して試料が汚染されないよう注意しています」

 次いで青葉は、DNA型鑑定に先立って証拠物である煙草の吸い殻からDNAを抽出する過程について質問した。使用した機器、器具等について異常がなかったこと、再鑑定が可能なよう、吸い殻のフィルター部分のごく一部を切り取った小片から遠心分離機と自動核酸抽出装置を用いてDNAを抽出したことを証言させた。鑑定のために必要なDNAの定量化という作業についても簡単に説明させた。

「それからどうしました?」

「試薬を準備しました」

「試薬には何を用いましたか」

「先ほど剱持が説明した、アメリカのサーモフィッシャーサイエンティフィック社製のアイデンティファイラープラスキットです」

 全国の科捜研でDNA型鑑定に用いられている試薬であり、世界的にも広く使われ、信頼性が高いことも証言した。

「状態はどうでしたか」

「陽性対照と陰性対照を行いましたが、異常ありませんでした」

「陽性対照と陰性対照。それは何でしょう?」

「陽性対照というのは、あらかじめDNA型が判明している試料を用いた実験のことです。本鑑定に使うのと同じ器具等を使って同じ方法で検査し、そのDNA型が検出されることで鑑定方法や試薬等の品質に問題がないことを確かめます。陰性対照というのはその反対に、何も付着していない対照試料や滅菌水などを同様に検査し、試薬に陽性反応が生じないことで検査器具等に汚染がなかったことを確かめます」

 さらに遠藤は定量化したDNAに試薬を加え、サーマルサイクラーという機器を用いたPCR増幅法によって増幅したことを証言した。

「それからどうしましたか?」

「フラグメントアナライザーという分析機器で分析しました」

「フラグメントアナライザーというのは何でしょう?」

「キャピラリー電気泳動という工程を全自動で行う機器です」

 眉をひそめたり首をかしげる裁判員がいた。

「ここで証人の証言を明確にし、裁判員の理解を助けるために甲×号証を示します」

 ディスプレイにフラグメントアナライザーの写真と、「フラグメントアナライザーによるDNA型分析の原理」と題されたモデル図が映し出された。

「まずキャピラリー電気泳動について説明してください」

「混ざって存在するDNAのローカスを分離して、それぞれが何型であるか解析するための方法です。この図のように『泳動液』というのを満たした毛細管の一方の端──ここでは右側になっています──にDNAを入れるとDNAはマイナスに帯電します。このときDNAがあるのと反対側、管の左端にプラスの電圧をかけると、マイナスに帯電しているDNAはプラスの電圧に引っ張られてプラス極側へ移動します。泳動液は高分子ポリマー溶液というもので粘性があり、普通の水より抵抗が大きい。想像してもらえばわかると思いますが、このとき、軽いDNAほど移動速度が速く、重いDNAほど移動速度が遅くなります」

(つづく)
連載第202回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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