◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第202回

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第10章──審理 48
煙草の吸い殻と増山の口腔内。二つのDNAの型鑑定を比較した結論は──?

「漂白」目次


 モデル図では管のマイナス極からプラス極へとDNAの移動する様子を表す矢印が描かれ、プラス極の到達点を拡大した図には左右に二本、鋭い三角の突起が描かれ、プラス極に近い方に「7型」、もう一つには「12型」と書かれていた。

「短い塩基のくり返し数が多いほどDNAは長くなり、重くなります。くり返し数が少ないほどDNAは短くなり、軽くなります。フラグメントとは日本語で断片という意味です。こうして長さと重さによって分離されたDNAの断片を、プラス極までの到達時間の長短によって分析するのがフラグメントアナライザーです。DNAはPCR増幅の段階で蛍光色素によって着色されています。フラグメントアナライザーではDNAの断片がプラス極に到達する前にレーザー光を通過します。このときレーザー光によりDNAの蛍光色素が発光し、CCDカメラがそれを検知する」モデル図のその部分を拡大した。「ここまでが物理的なプロセスで、次の段階では、検知した情報をコンピューターが解析してデジタル化します。それがこの『電気泳動図』というチャートです。それぞれの断片の移動速度が速い順にプラス極に近い位置に鋭い三角あるいは山型の図形として表示します──」

 遠藤はタッチペンで二つの鋭い三角をそれぞれ丸で囲んだ。

「この部分ですね。この三角を『ピーク』と呼びます。アイデンティファイラープラスキットを使った検査では、フラグメントアナライザーにより十六のローカスにこのピークの有無や、検出された場合にはその位置が表示されるチャートを得ることができます。たとえばこの図では、対象となるローカスには七型と十二型二つのピークがあることが検出されたと判定できるわけです。DNA型鑑定は、抽出したDNAからフラグメントアナライザーにより得たチャートを元に判定作業を行っていきます。このチャートのことを『エレクトロフェログラム』とも呼んでいます」

 裁判員の中に何度もうなずく者がいた。

 青葉は遠藤が煙草の吸い殻に対して実際にフラグメントアナライザーで解析したエレクトロフェログラムをディスプレイに表示させた。十六のローカスのすべてに二つあるいは一つのピークが見られた。アメロゲニンローカスではXとYのピークが一本ずつ立っている。ピークがまったく出ていない陰性対照のエレクトロフェログラムも示された。

「先ほどの剱持先生の解説では触れられていなかったのでお訊ねします。一つのローカスに対してピークが二つあるものと一つしかないものがあります。これはどういうことでしょう?」

「はい。通常一人のDNAのデータからは各ローカスでピークは一本か二本出ます。先ほどの剱持の解説でもありましたが、人間は母親と父親から遺伝子を受け継いでおり、エレクトロフェログラムのローカスにもそれが反映されます。たとえばこのDNAではD8S1179のローカスに九型と十八型のピークが出ています。どちらかが母親由来のDNAで、どちらかが父親由来のDNAと考えられます」

「ピークが一本の場合はどうなりますか」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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