◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第202回

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第10章──審理 48
煙草の吸い殻と増山の口腔内。二つのDNAの型鑑定を比較した結論は──?

「このDNAでは、TH01というローカスで八型のピークが一本しか出ていません。これは、母親由来のDNAも父親由来のDNAも同じ八型であるからと考えられます。見ていただければわかると思いますが、ピークが一本しかないところはピークの高さがピークが二本のところのおよそ二倍になっていますよね? ピークの高さはDNAの濃さに比例します。つまりTH01の八型では母親由来と父親由来のDNAが重なっているからだと考えられます」

 青葉は、エレクトロフェログラムに基づいた、各ローカスに出現した型を数字で記した表も示した。

「では次に、証人が令和×年三月十二日に行ったDNA型鑑定について質問します──」

 青葉は、増山から採取したDNAについても煙草の吸い殻と同様、証拠が厳重に管理され、汚染や混入の危険のない環境で適正にDNA型鑑定が行われたことを遠藤に証言させた。そのうえでエレクトロフェログラムと、それに基づく表も示した。

 さらに青葉は、吸い殻に付着していた血液をDNA型鑑定にかけた結果、遺体から採取した綿貫絵里香のDNAと完全に一致することも遠藤に証言させた。

「尋問を終わります」青葉が席に戻った。

 志鶴は反対尋問しなかった。通常であれば、DNA型鑑定が犯人性を示す証拠として請求された場合、鑑定不正やミス、あるいは証拠の捏造がなかったか、データの解釈に誤りがないかを疑い、その線で切り崩すことを考える。今回そうしないのには二つ理由があった。一つは鑑定書やそれに付随する資料を見ても鑑定ミスや不正が疑われる可能性は低いこと。煙草の吸い殻のDNA型鑑定は、警察が増山に目をつけるはるか以前に行われていたので、捏造の可能性も低い。もう一つは、綿貫の膣内から採取された精液のDNA型鑑定を、増山の犯人性を否定する証拠として請求したからだ。その鑑定をしたのも遠藤だった。

 裁判官と裁判員による補充尋問が行われた。裁判官と裁判員から、DNA型鑑定についていくつか質問が出、遠藤が答えた。

 

 休憩のあと公判が再開された。

 遠藤はまだ傍聴席に残っている。四人目の証人は剱持だった。世良が尋問に立った。遠藤が作成した二点のDNA型鑑定の鑑定結果について、鑑定書に記載されたエレクトロフェログラムを始めとする各資料を剱持が検討して二つを比較したDNA型鑑定書を作成したことを証言させた。

「まず二つのDNAの型鑑定を比較しての結論を教えてください」

「煙草の吸い殻から採取されたDNA型と被告人の口腔内から採取したDNA型は、検査した十六のローカスで完全に一致しています。同一人物のDNAであると強く推認できます」

 世良は、二点のDNA型鑑定が適正に行われたことを剱持にも語らせたうえで、遠藤が鑑定した煙草の吸い殻のDNAのエレクトロフェログラムと表、増山の口腔内細胞のDNAのエレクトロフェログラムと表を同時にディスプレイに表示させた。

 傍聴席がどよめいた。

 全体として口腔内細胞のDNAの方がピークが高いという違いを除けば、二つのエレクトロフェログラムの各ローカスにおけるピークの位置はすべて合致していた。結果、各ローカスの型を表す表の数字も一致している。

(つづく)
連載第203回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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