◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第203回

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第10章──審理 49
検察側の結論を補強する「遺伝子の出現率」の存在。志鶴はどうする?

「漂白」目次


「先生は、二つのDNA型が『検査した十六のローカスで完全に一致』した、とおっしゃいました。実際一つ一つのローカスを見るとピークの数と位置が完全に一致しています。この結果の意味するところは何でしょうか?」

「ここからはDNA型鑑定の確率の話になります。たとえば血液を考えましょう。現実の鑑定はもっと複雑ですがここでは単純化して話します。別々の場所で採取された二つの血痕をABO型で調べてどちらもA型だった場合、この血液型の持ち主が同一人物である確率はどれくらいでしょう? 現在日本ではA型の人の割合は約四十パーセントと言われています。日本の人口をざっと一億三千万人として計算するとじつに約五千二百万人もの人がA型だと考えられます。それだけの人数が該当してしまうとなると、ABO型が同じというだけで二つの血痕の持ち主が同一人物であると考えることは到底できません。ではDNA型はどうか」

 世良はここでディスプレイに一枚の表を映し出した。列も行も多く、一つ一つのセルは小さくて記載されている数値は読めない。

「DNA型による個人識別では遺伝子の出現率というものを計算に用います」

「遺伝子の出現率。それは何ですか」

「出現率というのはある特定のDNA型が検出される確率のことです。今ディスプレイに映し出されているのが出現率を示した表です。小さくてわかりづらいですが、アイデンティファイラープラスキットで検査できる、アメロゲニンを除く十五のローカスのそれぞれのくり返し単位のくり返し数、つまり型ごとの出現率が記されています。察しのいい方は今の話でおわかりかと思いますが、同じローカスでもくり返し数つまり型によって出現率は違います。具体的に見ていきましょう。この一番左の列はD8S1179のそれぞれの型の出現率です。被告人のDNAではこのローカスに九型と十八型のピークが一つずつ出ています。その部分を拡大します」

 剱持はタブレットを操作した。

「まず九型の出現率は、〇・〇〇〇七。単位はパーセントです。次に十八型の出現率は〇・〇〇〇四。この数字をどう使うかというと、掛け合わせます。〇・〇〇〇七かける〇・〇〇〇四は、〇・〇〇〇〇〇〇二八。日本の人口をざっと一・三億人としてこの数字をかけてみましょうか──」

 剱持はタブレットを操作して計算機を起ち上げ、計算した。「36.4」という数字が表示された。

「答えは三十六・四。十六あるローカスの一つのローカスの型の出現率を計算しただけで、日本の人口一億三千万人の中で共通しているのはたった三十六・四人という確率にまで絞り込まれたということです」

 傍聴席からため息のような声が聞こえた。

「アイデンティファイラープラスキットで検査した場合、十六あるローカスのすべてが一致する確率は、日本においてもっとも出現率が高い型の組み合わせでも四兆七千億人に一人と言われています。なので、すべての型が一致した時点で本来計算する必要はありません。が、実際にすべてのローカスのすべての型の出現率をかけ合わせる計算もしました」

「その結果はどうなりました?」

「およそ十のマイナス十五乗という答えが出ました」

「それは確率でいうとどれくらいなのでしょう?」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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