◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第205回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第205回
第10章──審理 51
相手の武器を逆に利用して決定的なダメージを与える──志鶴は再主尋問に立つ。

「漂白」目次


「検察官、反対尋問を」能城が言った。

「青葉が──」青葉が立った。「あなたは先ほどの主尋問で、煙草の吸い殻のDNA型鑑定を行ったときと、精子のDNA型鑑定を行ったときとは同じ条件だったとは言えないという回答をしました。その意味を教えてください」

「はい。煙草の吸い殻のDNA型を鑑定したときは、採取された試料の管理状態は申し分のないもので汚染の可能性は考えられませんでした。ですが、精子の方は汚染されている可能性が高い、という意味です」

「汚染されている可能性が高い、というのはどういうことでしょう?」

「綿貫さんの膣内には漂白剤と思われる液体が注入されていました。その漂白剤に汚染されている可能性が高いという意味です」

「ここで弁×号証の薬物鑑定書を示します──」

 青葉が書面を法廷カメラの下に置いた。遠藤と、警視庁科捜研化学科の研究員との連名で作成された鑑定書だ。

「あなたはその漂白剤と思われる液体についても鑑定されていますね?」

「はい」

 浅見萌愛と綿貫絵里香の司法解剖を担当した医師や、遺棄現場に臨場した鑑識係員たちが採取した皮膚や衣服から漂白剤の成分を抽出し、鑑定にかけた──遠藤はそう証言した。

「どのような方法で鑑定しましたか」

「ガスクロマトグラフ質量分析計による質量分析と、液体クロマトグラフ質量分析計による質量分析という方法を用いました」

 青葉はそれぞれの方法について簡単に説明させた。

「その結果はどうなりましたか?」

「どちらのご遺体にかけられたものも、同じ成分で構成された漂白剤である可能性が極めて高いという結論になりました」

「どのような成分でしょう?」

「次亜塩素酸ナトリウムと水酸化ナトリウムです」

「その成分の構成から液体は何であったと考えられますか」

「塩素系漂白剤と考えられます」

「塩素系漂白剤と思われる液体は、綿貫さんの膣内からも検出された。塩素系漂白剤に汚染されると精子のDNAにはどのような影響が出ますか」

「先ほどDNA鑑定の基礎知識の解説で、塩基対という言葉が出ました。DNAの二重らせんのA、G、C、Tの結合部分のことです。この部分の結合を化学的には水素結合と呼びます。塩素系漂白剤の成分の一つである次亜塩素酸ナトリウムはこの水素結合部分と化学反応し、結果的に水素結合を断ち切って組織を分解します。つまり、DNAを破壊するということです」

「もし塩素系漂白剤に含まれる次亜塩素酸ナトリウムが精子のDNAを破壊していた場合、先ほどのDNA鑑定書についての判断にはどのような変化が生じますか?」

「鑑定は破壊されたDNAに対して行われたもので、犯人を示す証拠としての価値がなくなることになります」

「終わります」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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