◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第211回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第211回
第10章──審理 57
逃さない──志鶴は園山から専門的な発言を引き出して剱持を追及する。

「漂白」目次


「対照試料ありきのDNA型鑑定の問題点について、園山証人が指摘しました。それについて反論は?」

「反論なんかする必要ないんだって。煙草の吸い殻のDNAは被告人のDNAと一致した。それによって劣化していない試料であることが初めて証明された。精子のDNAは? あの型鑑定の結果がたまたま出たでたらめな数値じゃないってことは、答え合わせできる別の試料がない限り永遠に証明できない。そんなの誰だってわかるだろう」

「園山証人?」

「まさに今の剱持証人の証言が、対照試料ありきという警察の闇を雄弁に物語ってしまっています。答え合わせできる別の試料がない限り、精子のDNA型鑑定結果がでたらめな数値じゃないと永遠に証明できない──? そんな理論初めてうかがいました。もしそうなら、証拠のDNA型鑑定をやる意味がまったくなくなってしまうんですが、それこそご自身の仕事や職場を完全に否定しちゃってませんか? まあ科警研だけじゃなく科捜研もたいがいですもんね。和歌山カレー事件でヒ素の鑑定をした和歌山県警科捜研の主任研究員なんか、変死事件など七件の鑑定で鑑定結果を捏造して証拠隠滅、有印公文書偽造・同行使の疑いで書類送検されたにもかかわらず、三ヵ月の停職処分で済んじゃってるくらいモラルの低い組織なんですから」

「対照試料にこだわることへの問題点が他にあれば教えてください」

「そもそも捜査機関がDNA型鑑定を行うこと自体に問題があります。中立的な第三者である大学等が行うべきです。ところが現実には、警察庁がDNA型鑑定について大学への委託を減らし、科警研や科捜研で独占させようとする動きがあります。さらに科警研は長年、DNA型鑑定において再鑑定が行われることに否定的でした。自分たちの鑑定が第三者に覆されるのを嫌がってです。最近の警察内部での規定には再鑑定のため残余試料を確保するよう明記されていますが、それまでは試料を全量消費するのが当たり前でした。こうした科警研科捜研の本来の体質と対照試料ありきという方法論が一致すれば、DNA型鑑定については警察内部でいかようにも鑑定結果をコントロールできてしまい、これまで以上に多くの冤罪を生み出す危険があります。ちなみに、オーストラリアやカナダでは、殺人事件を含む死因調査等の検査は、捜査機関から独立した法医学者や法律家が協働して鑑定することになっています」

「精子のDNAが劣化試料でないという理由が他にあれば教えてください」

「科警研は科捜研に、DNA型鑑定については判定キットのプロトコル──手順──を遵守するよう指導しています。そして、このプロトコルは状態のよいDNAに適するように作られています。プロトコルに従って鑑定し、十六のローカスで明確な検査結果が得られた以上、そのDNAは状態がよいものだと考えることができるわけです。また、精子のDNA型を鑑定した遠藤証人の鑑定書にも、その際のメモ等いずれの資料にも、精子のDNAが破壊された、不十分な試料であるということは記されていませんでした。もしそうしたことがわかっていれば、メモなりノートなりに記録するよう科警研は指導しています。遠藤証人も、状態のよいDNAだと判断して鑑定書を作成していたことがわかります。精子のDNAに対する剱持証人の証言はすべて、根拠のない後づけの言いがかりであると断言します。綿貫さんの膣内で採取された精子のDNAの持ち主こそ、綿貫さんを殺害した真犯人と考えて間違いありません」

「──終わります」志鶴は弁護側席へ戻った。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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