◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第217回

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第10章──審理 63
死体遺棄容疑で逮捕され取調べを受けた増山。その時の映像と音声が──。

「漂白」目次


 

 休憩を挟んで二人目の証人は柳井貞一係長だった。増山が「係長」と認識していた刑事だ。

 尋問に先立ち、三月十三日に増山が綿貫の死体遺棄容疑で逮捕されたあとの取調べの録画映像が約四十分再生された。検察側が施設管理の都合で反対したため、傍聴席のディスプレイは暗転して音声だけが流された。

 志鶴は何度も観返したため、映像を脳内で再生できる。

 この取調べは、任意の取調べが行われたのとは異なる第二取調室で行われた。部屋のドアから遠い位置に机があり、増山はその奥側に座っている。カメラは、増山と向き合って座る取調官一名の後頭部ごしに増山の顔を捉える構図となっている。

『先ほど君は綿貫絵里香さんの死体を遺棄した事実を認め、供述調書にも署名指印した。そうだな?』後頭部の一部が映っている取調官は柳井だ。

 増山はひどく憔悴(しょうすい)して見えた。泣き腫らした目。当惑と呆然が入り混じった表情。小さくうなずいた。

『これからそのときの状況について詳しく聞かせてもらう。まず、絵里香さんの遺体を遺棄した場所について。どこに棄てた?』

『どこ……』うかがうような目を柳井に向ける。

『さっきは何て言ってた?』

『か、河川敷……ですか』

『どこの?』

『荒川……』

『そう言ってたよ。もっと具体的に言うと、どの辺り?』

 増山が絶句する。

『さっきは何て言ってたっけ?』

 増山が柳井を見る。だが答えが出てこない。

『忘れちゃったか』

 増山がうなずいた。

『さっきの供述調書、自分で話したことを読み聞かせてもらって、自分でも読んで署名したんだよな。そこで確認したはずだよ?』

 増山が目を動かして考える。思い出そうとしているようだ。『……道路?』

『そうだっけか?』

 増山が目を落とす。目を上げた。『ほ、舗装がどうとか……』

『うん。舗装の何だ?』

『舗装……道路?』

『荒川河川敷の、舗装道路?』

『は、はい──』増山は柳井を凝視したままうなずいた。

『うん。さっきはそこまで聞いたんだよな。もうちょっと詳しく聞かせてもらおうか。死体を遺棄した舗装路はどの辺りだった?』

 増山が口ごもる。

『近くに何があった?』

 増山が柳井をうかがう。『近く……荒川?』

『荒川の河川敷だからそりゃ荒川は近いよな。それ以外の何かないか』

 増山の目がせわしなく動く。だが言葉は出てこない。

『君の地元だろう。生まれたときからずっと。荒川なんて庭みたいなもんだ。違うか?』

 それでも増山の口から答えは出なかった。

『川っていうと、何がある?』

 増山がはっとする。『──橋』

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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