◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第218回

法廷では、DNA型判定の結果を増山にぶつける取調べの映像が流される。
『取調べを始める』後頭部が映っている柳井が告げた。
『も、黙秘します』増山が答えた。
『三月十三日──君は、綿貫絵里香さんの死体遺棄についてやったと認め、そう記された供述調書にも署名、押印した。一度は認めたのに黙秘する理由は何だ?』
増山の目が忙しく動いた。が、口は開かなかった。
『事件の真相究明のための捜査に協力するつもりも、自分がした行為について反省するつもりもない。そういうことでいいか? この取調べの録画映像は裁判で証拠として採用されるかもしれない。裁判員や裁判官が観る可能性も高い。黙秘を続けるということは、今私が言ったことを認めるということでいいんだな?』
増山がうつむいた。
『われわれの経験から言うと、一度は犯行を認めたにもかかわらず、その後黙秘に転じた被疑者は、自分がした犯罪行為の重大さを思い知り、罰を受けるのを恐れてそうする場合がほとんどだ。今になって君が黙秘に転じたのもそれだろう。綿貫絵里香さんの死体遺棄のみならず、君は、彼女の殺害も行った。君が黙秘を続ける以上、われわれとしてはそう考えるしかない。これも経験上、単独犯による殺人事件で死体遺棄を行った者はほぼ百パーセント殺人犯本人だ。裁判員や裁判官の皆さんもそう判断するだろう。いいんだな、それでも?』
増山が一瞬顔を上げ、柳井を見た。が、すぐにまた下を向いた。
『──わかった。それでまったく問題ない、という返答は確かに受け取った。君の沈黙は、君が絵里香さんの殺人にも関係しているという意味だとな。君は弁護士さんの助言に従って黙秘していると言った。おそらくその弁護士は、今の時点で警察が発表した証拠──つまり、君が絵里香さんのソフトボールの試合を観ている映像という情況証拠と、君が死体遺棄について認めた自白──だけなら、殺人について有罪にならないかもしれないという見込みでそう助言したに違いない。そうだろう?』
増山が黙秘を続ける。
『死体遺棄については認めてしまった。だが、弁護士に、まだ殺人の罪まで認めていないなら、黙秘すれば何とかなります──そう助言された。違うか、増山? 物証がなければ、黙ってとぼけていれば何とかやり過ごせるかもしれません──そんなようなことを言われた。そうだろう、増山?』
増山の肩が上下する。呼吸が荒くなっているようだ。
『黙っているということは、イエスと答えたということだ。弁護士の助言を聞いて、君も物証が存在しない方に賭けてみる気になった。そう。黙秘しているのは、イチかバチかの賭けだ──殺人の罪から逃れるための』
柳井はそこで言葉を切った。増山の視線がわずかに上がる。
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