◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第219回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第219回
第10章──審理 65
再生された二本の取調べ映像。志鶴は柳井係長を相手に反対尋問に立つ。

「漂白」目次


「あなたは三月十二日のDNA型の鑑識結果をいつ知りましたか?」

「その日のうちに」

「その結果を知って、増山さんが綿貫さんの死体を遺棄した犯人だと疑ったんですか」

「はい」

「疑うというよりは確信に近かった?」

「DNA型鑑定は確実な物証ですからね。はい」

「先ほど一本目に映像が再生された取調べの前、三月十三日の任意取調べについてまずお訊ねします。録音録画設備のない第一取調室で、増山さんを入れるとすぐ、あなたは取調室のドアを閉めましたね?」

「いいえ。取調べの際、ドアを閉めることはありません」

「その前日はさんづけだったのに、いきなり『増山あ──!』と声を荒らげ、『お前、もう金輪際逃がさねえからな』『死ぬほど後悔させてやる』と大きな声で言っていませんでしたか」

「していません」

「増山さんが座っていたパイプ椅子の脚を蹴りませんでしたか」

「蹴っていません」

「増山さんの前の机を手で強く叩きませんでしたか」

「叩いていません」柳井は薄笑いを浮かべた。「昭和の刑事ドラマじゃあるまいし、今どきそんな取調べを行うことはありません。われわれ警察官は、犯罪捜査規範に従って適切に取調べしていますよ。第168条を読み上げましょうか?」

 休憩時間の間に、検察官と灰原からレクチャーを受けたのだろう。

「増山さんに『お前はもう二度と娑婆(しゃば)に戻れない』という意味のことを言いましたね?」

「言ってません」

「増山さんに、『お前がこれ以上噓をつくなら、お前の母親も調べなきゃなんねえな』という意味のことを言いましたね?」

「言ってません」

「増山さんに、ニュースで観る前から綿貫さんのことを知っていただろうと訊きませんでしたか」

「──それは訊きました」

「何度訊きましたか」

「さすがにそこまでは」苦笑した。

「さすがにそこまでは──何ですか」

「覚えてないです」何の問題もないという態度で答えたが、これも志鶴の獲得目標の一つだった。

「ニュースで観る前から綿貫さんのことを知っていただろうという質問を、増山さんに何回したか覚えていない、という意味ですか」

「ええ」

「あなたは増山さんに、自分が犯した罪を認めなければここから出られない、という意味のことを言いましたね?」

「任意の取調べですよ。そんなこと言うわけありません」あざ笑うような顔で志鶴を見た。

「あなたは増山さんに『お前はもう母親には会えないよ』と言いましたね?」

「言ってません」

「では──あなたは増山さんに、ニュースを観るまで綿貫さんのことを知らなかったというのがもし噓だったら、事件に関係ないというのも噓だということになる、という意味のことを言いませんでしたか」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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