◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第221回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第221回
第10章──審理 67
検察庁で岩切が増山に行なった検事調べ。その録画映像が法廷に流される。

「漂白」目次


 

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 遅い昼の休憩を挟んで公判が再開された。

 ここからは岩切による検事調べ──弁解録取──の検証となる。

 まず映像が流された。三月十五日、増山が最初に検察庁へ送られた際に録画されたものだ。綿貫との接点についての供述が中心となる。時間は約三十分。柳井による取調べとは明らかに変化があった。室内が明るい。警察の取調室と異なり、窓の開口部が大きいからだろう。カメラが捉える増山の様子も、柳井に取り調べられていたときとは違って見えた。

『こんにちは。君が増山か。私は検事の岩切だ。よろしくね』警察の取調べ録画映像と同じく、岩切は後頭部の一部しか映っていない。

『……こんにちは』増山が頭を下げた。

『体、大きいなあ。待合の椅子、硬いから尻が痛かったんじゃない?』志鶴が対決したときは別人のような声音と言葉遣いだ。

 増山がうなずいた。

『狭くて身動きもろくにできないから、背中も痛い。違う?』

 増山がまたうなずいた。

『十六年前もそうだったかな?』

 増山が緊張する。

『あんまり覚えていないかな? 十六年前、逮捕されて、やっぱりここで検事調べを受けた。それは覚えてる?』

『……はい』

『起訴猶予処分になって釈放されたんだよね?』

『はい』

『そのとき君は、自分がやったことを検察官に素直に話したの? それとも、やったことを認めなかったの?』

『認めました』

『認めて、素直に話した』

 増山がうなずいた。

『増山が、自分が犯した罪をしっかり認め、やったことを包み隠さず素直に話した結果、当時の検察官が起訴するまででもないと判断して起訴猶予処分にした。同じ検察官として彼のことを誇りに思うよ。なぜかわかる?』

 増山が首を振った。

『われわれ検察官は常に、ものすごいプレッシャーに晒されてる。警察が誰かを逮捕したら、その人を起訴する。世間ではそれが当然ってことになってる。だから、警察が逮捕した人間を不起訴にすると、何で釈放したんだって猛烈なバッシングを受ける。わかるかな?』

 増山がうなずいた。

『逮捕された人を不起訴にするのはわれわれ検察官にとって大変勇気の要ることだ。まずはそれを理解してほしい』

 増山がまたうなずいた。

『増山は素直だな。こんな仕事をしていると、素直じゃない、噓つきや強情な人間ばかり見てきてるから新鮮だよ』

 岩切はそこで笑みでも浮かべて見せたのだろうか。つられたように増山の表情がわずかに緩んだ。柳井に対している時のような緊張や恐怖、苦痛の色がその顔には見てとれない。北風と太陽の寓話(ぐうわ)ではないが、警察で厳しい取調べを受けた増山は、まだ真の顔を見せていない岩切の上辺だけのフレンドリーさにすっかり騙されている。

『われわれはたまたまこうして検察官と被疑者という立場で出会ったけど、そうした垣根を超えて、男同士仲良くやっていける気がする。君はどう思う、増山? うまくやっていけそうかな?』

 あからさまな懐柔だが、増山は疑うそぶりもなくうなずいた。

『そうか、よかった』岩切が間を取った。『ところで、少し残念な話もしなければならないんだ。どんな話か知りたくない?』

『……知りたいです』

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『軋み』エヴァ・ビョルク・アイイスドッティル 訳/吉田 薫
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