◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第224回

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第10章──審理 70
絵里香さんをどうやって殺した? 凶器は? 問われた増山は……。

「漂白」目次


 続いて、本日最後となる、検事調べの三本目の映像が再生された。三月二十二日。綿貫の殺害時の状況についての増山の供述が中心となる。

 増山は無表情、というより感情が死んでいるように見えた。目の下に隈(くま)ができている。無精ひげも目立った。

『おはよう、増山。調子はどうだ?』岩切が声をかけた。『昨日は足立南署で、絵里香さんを待ち伏せたときのことについて訊かれたんだな。今日は、絵里香さんを殺害したときの状況について話を聞かせてもらう。よろしくな』

 増山は泣き笑いのような表情を浮かべた。

『まず、方法だな。君は絵里香さんをどうやって殺した?』

 増山は息を吸った。吐いた。疲れ切っているように見えた。唇がひび割れていた。

『……よく覚えてません』

『覚えてない? 自分でやったことなのにか。人一人殺(あや)めるっていうのは、歯を磨いたりテレビを観たりするような日常の出来事とは全然違う、異常なことだぞ。それを忘れるなんてこと、あり得るのか』

 増山は視線を落とした。途方に暮れているように見えた。

『じゃあ一緒に思い出してみようか。死体を遺棄したとき、絵里香さんはどんな状態だった?』

 増山は眉根を寄せた。考えているようだ。『……仰向けで……頭が川の方にあって』

『着衣はどうだった?』

『ちゃくい……?』

『着ていた服だよ』

 増山は口を開け、遠くを見るような目になった。

『君は星栄中学校の前で絵里香さんを待ち伏せしていたんだろ? 彼女は何を着ていた?』

『……制服?』

『制服を着ていたと。その制服はどんな風になってた?』

 増山が首を傾げた。

『おいおい本当に忘れたわけじゃないだろ? 現場には君が喫った煙草の吸い殻が落ちていた。それには絵里香さんの血が付着していた。絵里香さんはどんな状態だったんだ?』

『血──が出てた……?』

『制服に血がついていた、ということか?』

 増山がうなずいた。

『何で血がついた? 絵里香さんはなぜ出血していた?』

『……死んだから』

『それは順序が逆だろう。真面目に答える気があるのか。君は絵里香さんを殺すとき、素手でやったのか』

 増山はじっと岩切を見つめる。『……凶器?』

『絵里香さんを殺すとき凶器を使った。そう言いたかったのか?』

 増山がうなずいた。

『どんな凶器を使った?』

 増山の目が上を向いた。『……ガラス?』

『ガラス? ガラスで刺したのか?』

 増山は岩切を見て、慎重な様子で首を振った。『……傘』

『傘で刺し殺した? そんなことができるのか』

『……刃物』

『刃物で殺したんだな。どんな刃物だ』

『……カッター』

『カッター? カッターって文具のか。そんなもんで人が殺せるのか。だいいち刃が折れちゃうだろう』

 増山が首を振る。眉をひそめた。集中している。『彫刻刀』

『彫刻刀で刺すとあんな傷になるのか。どんな彫刻刀だ』

 増山が答えを探すように周囲を見る。『……包丁』

『包丁で絵里香さんを刺した。そういうことか』

 増山がうなずいた。

『それはどんな包丁だ?』

『どんなって……普通の』

『家庭に普通にある、いわゆる三徳包丁か?』

 増山がおそるおそるといった感じでうなずいた。

『その包丁はどこで手に入れた?』

 増山がまばたきする。目に汗が入ったようだ。手錠をされているので拭けないのだろう。

『う……うちに』

『家にあった包丁で絵里香さんを刺した。凶器は自宅にあったんだな』

『……はい』

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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