◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第227回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第227回
第10章──審理 73
まさか逮捕されるとは思わなかった増山。逮捕後の経緯を志鶴は引き出す。

「漂白」目次


「では次に、逮捕の直後に行われた取調べについてお訊ねします。増山さんはここで、柳井係長に、自分が綿貫さんの遺体を遺棄した犯人であるかのように認めてしまっています。なぜでしょうか?」

「それは──その前の取調べで、自分がやったって言っちゃったから。今さら取り消せない感じになって」

「本当はやっていないのに、任意の取調べで、綿貫さんの遺体を遺棄したと認めてしまったので、撤回できなくなったと。なぜ撤回できなかったんですか」

「だって」語気を強めた。「刑事さんたちは最初っからずっと俺のことを犯人と決めつけて、『お前がやったんだろ』って責め立て続けてた。一度やったって言ったら、もうそうやって責め立てられるのはなくなった。でももし犯人じゃありませんって言ったら、また逆戻りして、責め立てられるに決まってる」

「もし犯人でないと訴えたら、いくら否認しても決して聞き入れてもらえず、追及がやまない状態に逆戻りすることになる。噓の自白を撤回できなかったのは、その苦痛を避けるため。しかし増山さんは犯人ではない。柳井係長から綿貫さんの遺体を遺棄した場所について訊かれたとき、どんな風に思ったのでしょう?」

「犯人になりきるしかないって思いました」

「犯人になったつもりで取調べに受け答えをしたと。ところで増山さんは、綿貫さんの遺体が遺棄されていた場所について、その取調べの時点で何を知っていましたか」

「荒川の河川敷に棄てられてたことは知ってましたけど、それくらいかな」

「しかし、取調べでは詳しい場所まで特定しているように思えます。なぜそんなことができたのでしょう?」

「それは……刑事さんがヒントをくれました」

「その『ヒント』について具体的にお聞きしていきます。三月十三日の逮捕後の取調べ映像を再生します」志鶴はまた、柳井による取調べ映像を再生した。「まず、増山さんが、綿貫さんの遺体が遺棄されていたのが荒川河川敷の『舗装道路』だとわかったのはなぜですか」

「その前の取調べで、刑事さんが作った調書にそう書いてあったからです。俺はそんなこと話してないけど、調書にそうあったから、そうなのかなって」

「次に、千住新橋の近くだったと話していますが、なぜわかったのでしょう?」

「刑事さんがヒントをくれたから。『近くに何があった?』とか、『川っていうと、何がある?』って。それで、橋かなって」

「荒川にかかる橋はたくさんあります。なぜ千住新橋だと特定できたんですか」

「たしか、うちからそう遠くない場所だったよなあと思って。刑事さんの反応見たら、当たってたっぽかった」

「刑事さんの反応、とは?」

「あ、あの刑事さんが俺の答えを確認して、『そういうことか』って言ったら、正解っぽくて。逆に『間違いないか?』って言ったときは、俺の答えが正解じゃないって思ったんです」

「たしかに、その後増山さんに、千住新橋の右手か左手のどちらに当たるか訊いたとき、増山さんが最初に右と答えると、柳井係長は『間違いないか?』と言っています。それで増山さんが答えを左に変えると、『そういうことか』と言っていました。野球のグラウンドについては?」

「まず刑事さんが、『河川敷は広いよな。広いところにしかないもの、あるだろ?』ってヒントをくれて、河川敷に何があるか考えたら、グラウンドだと思って答えました。そしたら何のグラウンドか訊かれて、たぶん野球かサッカーのどっちかだと思って野球って答えたら、『そういうことか』って言って直されなかったので、正解だとわかりました。そしたら今度は地図を見せてくれて、グラウンドの名前がわかったんです」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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