◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第227回

まさか逮捕されるとは思わなかった増山。逮捕後の経緯を志鶴は引き出す。
「柳井係長はその地図の中で、綿貫さんの遺体が遺棄されていた場所を示すよう増山さんに言いました。このとき増山さんは、『わかりません』と答えています。なぜそう答えたんですか」
「わからなかったからです、本当に。それまでの質問には何とか答えてきたけど、地図の中で示せって言われても無理だと思いました。けど、刑事さんに『また、罪を認める前の自分に戻るのか』って訊かれて、またあの地獄に戻るのがいやだから必死でその場所を当てようと思いました。千住新橋の左側にあって、野球のグラウンドに近い場所を適当に指さしたら、刑事さんが『本当にそこでいいか?』って念押ししてきたので、じゃあ違うのかなって二度変えたとき、道路にちょっと出っ張った部分があるのに気づいて、試しにそこを指さしたら、刑事さんが『そういうことか?』って言ったので、正解だったなって」
「たしかにそう言っていました。改めて、この取調べで綿貫さんの遺体が遺棄されていた場所を示すことができた理由を教えてください」
「俺は本当は知りませんでした。でも、犯人になりきって必死に考えて、刑事さんのヒントを頼りに答えて、刑事さんの反応を見て正解かそうでないかを見極めたので、何とか答えることができました」
続いて志鶴は、留置場での北警部による朝の儀式──綿貫の遺影への合掌と握手の強要──を証言させた。
「……すごく怖かったし、痛かった。刑事のくせにあんなひどいことするなんて許せない」思いの丈を吐き出す目が赤くなった。
留置官に暴言を吐かれ、正座させられたこと、北警部が同じ留置官から増山の情報を得ていたことも証言した。増山は悔しそうな顔をした。
増山は黙秘できるようになった心境についても語った。「川村先生が励ましてくれたおかげです。川村先生だけは、俺がやってないって信じてくれました。だから、駄目元でやってみようと思いました」
岩切による二度目の検事調べでは、カメラを回す前、岩切に脅されたことも証言した。この取調べで綿貫の殺人までをも認める自白をしてしまったときの心境について増山は「どうすればいいかわかりませんでした。頭の中がぼうっとしてました。もう何を言っても無駄だと思いました。最初に警察で死体遺棄を認めた時点で自分は終わったんだと思いました。認めなければ永遠に責められる、頭がおかしくなると思いました。体の中や頭の中がむずむずして限界でした。気がついたらぶるぶる震えて叫び声が出ていました」と語った。涙の粒がぼたぼたとこぼれ落ちた。裁判員たちは引き込まれるように聞いていた。
志鶴は続いて三回目の検事調べについて質問した。ここで岩切は綿貫の「殺害方法」について増山に訊いている。増山は当初、綿貫が凶器で殺害されたことすら知らなかった。凶器に関する増山の自白内容は──先入観を排し、注意して観れば映像から推察できる人もいるはずだが──岩切の誘導によるものだったと、増山自身の口から語らせた。
志鶴は、他の取調べでも、取調官らの誘導によって増山が偽りの供述をしていたことを証言させた。
「次に、三月二十四日に行われた現場引き当たり捜査についてうかがいます。この報告書を作成した久世刑事は、増山さんが綿貫さんの遺体が遺棄されていた場所を知っていた、と証言しました。それについて意見があれば教えてください」
「俺──私は、知りませんでした。遺体があった場所」
「久世刑事は、捜査車両を降りた増山さんが、捜査員たちの前に立って、遺体が遺棄されていた場所まで案内したという意味の証言をしていますが?」
「……何ていうか、壁みたいでした」
「壁?」