◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第227回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第227回
第10章──審理 73
まさか逮捕されるとは思わなかった増山。逮捕後の経緯を志鶴は引き出す。

「はい。車を降りたら、車の後ろ側の方に刑事さんたちが並んで壁を作ってるみたいな感じで。道路の反対、車の前の方に進むのを皆で待ち構えているんだと思いました。だから俺は、車の前の方に歩いてみました。そしたら、外から俺を目隠ししているブルーシートも、俺が進むにつれて同じように動いたんです。で、振り返ったら、刑事さんたちも俺を追って進んできてた。だから、間違ってなかったんだと思ったんです」

「増山さんが車を降りたとき、道路の車の後ろ側の方向に、捜査員たちが壁のように並んでいた。なのでそちらではなく、道が空いていた車の前の方に進んだと。それからどうしました?」

「後ろの刑事さんたちの様子を見ながら、同じ方向へ進んでいきました」

「なぜ後ろの捜査員たちの様子を見たんですか」

「自分が進んでいる方向が間違っていないか確認するためです。もし間違ってたら、刑事さんたちの様子でわかると思いました」

「どうしてそう思ったのでしょう?」

「それまでの取調べでも、俺が間違った答えを言ったら、表情が変わったから」

「増山さんは、自分の後ろに並んでいる捜査員たちの反応を見ながら、前方へ少しずつ進んでいった。それからどうなりました?」

「進んでいくと、道路の右側に、雑草の切れ目が見えてきました。道路の右側から細い道が直角に突き出してて、雑草に切れ目ができてたんです」

「それを見てどう思いました?」

「取調べで地図を見せられたときのことを思い出しました──ええと、柳井係長の取調べで」

「逮捕直後の取調べで、柳井係長に地図を見せられたことを思い出した。思い出してどうしましたか」

「綿貫さんの遺体が棄てられてた場所は、道路から短い道が分岐して突き出しているところだったと地図を見てわかりました。それで、右側に突き出した道が見えたとき、ああ、地図と同じ場所だ、と思いました」

「それからどうなりました?」

「刑事さんたちを見ると、みんな、さっきまでと違って興奮しているような様子で俺と突き出した道を見てました。だから、やっぱりこの場所が正解なんだと確信しました。それで、その分岐してるところまで進んで立ち止まりました。刑事さんの中に、うなずいている人が何人かいました。だから俺はその道を指さして『ここです』と言ったんです」

 引き当たり捜査でも、取調べと同様に捜査員たちによる明らかな誘導があった。裁判員にそう示したかった。増山の受け答えは上出来と言えるだろう。

 志鶴は続いて、その後、ふたたび黙秘できるようになった理由について訊ねた。

「川村先生が……勾留理由開示? の裁判をやってくれて……そこで、母ちゃん──母の顔を見て、声も聞くことができて……」涙ながらに言葉を詰まらせた。「母ちゃんのためにも頑張らないと、と思って。この裁判のあと、警察の留置場を出て拘置所に移してもらえたこともあって、黙秘できるようになりました」

 傍聴席の文子はハンカチを顔から離せなくなっていた。

「では事件について改めてお訊ねします。あなたは生前の浅見萌愛さんを見たことがありますか」

「ありません」

「芝垣証人は、あなたが浅見さんをつけていたと証言しました。それについては?」

「あれは全部でたらめです。俺は、あんな場所を歩いたこともないです」

「綿貫絵里香さんについてお聞きします。二月十一日のソフトボールの試合で彼女を見たとき以外に、生前の綿貫さんを見たことがありますか」

「ありません」

「星栄中学校で、綿貫さんが下校するのを待ち伏せしていたことは?」

「ありません」

「下校する彼女を原付バイクで尾行したことは?」

「ありません」

「綿貫さんを刃物で脅したことは?」

「ありません」

「では、増山さんと綿貫さんの接点は?」

「ソフトボールの試合で見ただけです」

「終わります」

 志鶴は席に戻った。能城が休廷を告げた。

(つづく)
連載第228回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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