◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第228回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第228回
第10章──審理 74
「性的な空想を抱いていたんじゃないですか?」反対質問に増山は……。

「漂白」目次


 

 休憩後、ふたたび開廷した。

 反対質問に立ったのは青葉だった。増山に向かって微笑みかけた。増山は赤面した。

「あなたは女子中学生に性的興味があり、ジュニアアイドルのDVDを大量に保持しており、女子中学生が監禁・レイプされる漫画を愛読していた。そうしたものを観たり読んだりしながら自慰行為に耽(ふけ)った。そうですね?」

 増山の全身が硬直し、顔が紅潮した。うつむいて眉根を寄せた。

「被告人? 答えなさい」能城だ。

「……はい」増山は小さな声で答えた。

 青葉の顔に嗜虐(しぎゃく)的な笑みが浮かんだ。

「自慰行為に及んでいる際は、性的な空想も思い浮かべている。そうじゃないですか?」

「裁判長、異議があります」田口が立った。「誤導質問です」

「弁護人の異議を棄却する」能城が言った。「被告人、答えて」

 増山が助けを求めるようにこちらを見た。

 志鶴も立った。「検察官の質問は意図が不明瞭です」

「もう一度訊き直します」青葉だ。「女子中学生が監禁・レイプされる漫画を読みながら自慰行為に及んでいる際、あなたは、漫画の主人公を自分に置き換えて、自分自身が女子中学生をレイプすることを空想しているのではないですか?」

 増山は顔を歪めた。小さく首を振っている。認めたくないのだ。まぶたをきつく閉じた。「……はい」

「あなたは自分が女子中学生をレイプしている想像をしながら何度も何度も自慰行為に及んだ。そうですね?」

「――はい」うつむいたまま答えた。顔から汗がしたたり落ちている。

「しかししだいに、自慰行為だけでは満足できなくなり、やがて現実でも女子中学生をレイプしたいと考えるようになった。違いますか?」

「ち──違います」

「裁判員の皆さんの目を見て答えられますか?」

 増山はいったん目を上げ、すぐに下ろした。が、歯を食い縛るようにしてもう一度目を上げ、目を剝くようにして法壇を見た。「違います」

「ちょっと無理がありません? 自分自身が女子中学生をレイプする空想をしていたことは認めましたよね。あなたは生身の人間であって漫画の登場人物ではない。ということは、レイプする対象である女子中学生も同じ生身の人間ということになるのですが?」

「なりません」増山の声が大きくなった。

「なぜならないんです?」

「ま、漫画を読んでるときは……」裁判員と目が合ったのか、はっとした様子で目を泳がせた。まばたきをする。声が小さくなった。「二次元は二次元で……三次元じゃないから」

 傍聴席で笑いが起こった。青葉が眉を上げ口を尖らせた。

「いずれにせよあなたは女子中学生に対してレイプ願望を持っていた。星栄中学校で行われたソフトボールの試合で、あなたは綿貫絵里香さんを見て性的な空想を抱いていたんじゃないですか?」

「裁判長、異議があります」田口だ。「誤導質問です」

「弁護人の異議を棄却する。被告人、答えて」

 増山は「……わかりません」と答えた。

「おかしいなあ」青葉が芝居がかった様子で首を傾げた。「あなたは先ほど弁護人の質問に対して、ソフトボールの試合を観に行った理由として『性的な興味があって』と認めていたんですが。絵里香さんに対して性的な興味を持っていましたよね?」

 増山が目を左右に動かした。「……そうかもしれません」

「持っていた、ということでいいですか?」

「……はい」

「性的な興味、というのはつまり、絵里香さんを相手に性的な行為に及びたいという気持ちのことですよね?」

 田口が誤導質問だと異議を唱えたが、能城に棄却された。

「……そうかもしれません」

「具体的にはどんな興味ですか」

 田口が関連性のない質問だと異議を唱えたが、能城に棄却された。

 増山が口ごもった。能城に促され「に……匂いを嗅いだり、とか」と答えた。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

ご好評につき会期延長「伊集院静 旅行鞄のガラクタ」展を小説丸スタッフが見てきました!
採れたて本!【国内ミステリ】