◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第230回

被害者参加制度による被告人への質問。証言席に姿を見せたのは──。
休憩を挟んで、裁判員からの質問を能城が代わって訊ねた。質問者として注目されるのを嫌う裁判員や、被告人と直接話をしたくないという裁判員は少なからず存在する。
「被告人は、十七年前、もう二度と法律を破るような真似はしないと誓ったと述べ、星栄中学校にも近づかないようにしていたと述べたが、現実には、その十六年後、ソフトボールの試合を観に星栄中学校に出向いている。それは、性欲に負けて自分自身の誓いを破ったということではないのか?」
増山はじっと考え込んだ。「……そうです。けど──」
「質問にだけ答えるように」
「……そのことは認めます」
「もう一つ。被告人は中学時代にいじめに遭い、他の人たちとは違って恋人を作ったり、正社員になったり、結婚したりというまともな社会人としての成功体験がない。そのことにより劣等感を抱き、社会に対して復讐心や恨みを抱いているのではないか?」
増山はゆっくり何度かうなずいた。「かもしれません。認めます」
「もう一つ。被告人が女性として未熟な女子中学生に対して性欲を抱くのは、彼女たちなら自分にも支配できるという幻想、支配欲があるからではないか?」
増山はしばらく考えて、「そういう側面もあるかもしれません。認めます」と答えた。
続いて一番の裁判員が質問した。
「増山さんのアリバイについてお聞きしたいんですが──まず、浅見萌愛さんの死体が発見された前日の夜は、何をしていたんですか?」
「──覚えてないです」
「綿貫絵里香さんが行方不明になった夜は?」
「覚えてません」
「手帳とかスマホとかでスケジュール管理はしていない?」
「してません」
「どうしてですか?」
「どうしてって……予定がないから」
「ええっと……失礼ですが、ふだんの生活ってどんな感じなんですか? あ、どんな感じだったんですか、逮捕前は?」
増山は、朝夕の新聞配達の時間と、帰宅してからの食事や入浴、部屋でパソコンを使っている時間や就眠時間について、思い出しながら語った。
「……あとは近くのコンビニで煙草を買ったり」
「こんなこと言ったらあれですけど、新聞配達以外はほとんどひきこもりみたいな生活パターンですよね。外食とかもほとんどしないんですか?」
「しないです。飯は母ちゃんが作ってくれるし、外食とか好きじゃないです」
「なるほど……もし覚えていたとしても、肉親であるお母さんしかそれを証明してくれる人がいないから、いずれにしてもアリバイは成立しない、と。わかりました。ありがとうございます」
増山はうなずいた。他に質問はなかった。
「では次に──」能城が告げる。「被害者参加制度による、被害者参加人等による被告人への質問を行う」
検察側の席から浅見奈那と代理人である永江誠が立ち上がり、証言席の前に進んだ。傍聴席が静まり返り、黒いワンピース姿の浅見に視線が集中した。浅見の目には泣き腫らしたような跡があった。もともと痩せて影が薄い印象だが、この九日間でさらにやつれたように見える。増山を見る目に怯えの色があった。鎖につながれていない猛獣の前で背中を押されているかのような足取りで近づき、足を止めた。
「さ、しっかり、奈那さん」永江が浅見の背中を叩いた。
「浅見萌愛の母の、浅見奈那です」弱々しい声だった「ひ、被告人に質問します。どうして──どうして萌愛に目をつけたんですか?」
「目なんかつけてない。俺は、おたくの娘なんか見たことない」
「何で噓をつくの!?」浅見が悲痛な叫びをあげた。
「噓なんかついてない!」増山の声も大きくなった。「俺はあんたの娘なんかニュースでしか見てない。全然知らない。あんたの娘が殺されたせいで俺だって迷惑してんだ」