◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第231回

公判はついに最終日。法廷では検察官から「論告・求刑」が述べられる。
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六月三日。増山の第八回公判期日。
能城が開廷を告げた。傍聴席には今日も文子の姿があった。
「本日は公判期日の最終日となる。検察官による論告・求刑と被害者参加人による意見陳述、弁護人による最終弁論、被告人による最終陳述が予定されている。だがその前に──検察官、弁護人、前へ」
志鶴と世良が法壇の前に進んだ。
「昨日、裁判員を交えて中間評議を行った結果、被告人の自白の任意性は認められるという結論となった。よって、被告人の供述は証拠として採用される」
予期していたが頭を殴られたような衝撃。世良が「はい!」と勢いよく答えた。検察側席の二人、青葉が小さくガッツポーズをし、永江が「よしっ」と膝を叩いた。弁護側席の増山が天を仰いだ。傍聴席でひそひそと言葉が交わされた。
志鶴は裁判員と補充裁判員を見た。一番の裁判員がうなだれ、額を手で支え首を振っている。まるで能城に反対しているかのように。やはり彼が「マエストロ」なのか?
「裁判長のその裁定に異議を申し立てます」志鶴は言った。
「検察官?」
「弁護人の異議には理由がありません」世良が答えた。
「弁護人の異議を棄却する」
志鶴は弁護側席へ戻って着席した。頭を抱えたくなった。田口と目が合った。
「やるべきことをやるだけだ」田口が言った。
志鶴はうなずいた。
「検察官、論告・求刑を」能城が言った。
世良が立ち上がり、法壇の前に進んだ。
「裁判員の皆さんにお配りした、論告メモに基づいて説明いたします」ディスプレイにも同じメモを表示させた。「まず『第1 事実関係』。浅見萌愛さんの殺害及び死体遺棄について、当公判法廷において、十七年前の被告人の逮捕の記録、関係者による供述、被告人の押収品のうち、パソコンのウェブ閲覧履歴及びDVD、及び被告人質問により、被告人には女子中学生に対して性的欲求及び支配欲があることを証明しました。これらは被告人が浅見さんを殺害した動機にもなっています。さらに防犯カメラ映像、目撃証人による供述により、被告人と被害者である浅見さんとの接点についても証明しました。これらの客観証拠により、被告人が浅見さんを殺害し、その死体を遺棄したことを証明しました」
一番の裁判員がメモを見ながら首を傾げている。納得していないようだ。
「次に、綿貫絵里香さんの殺害及び死体遺棄について。こちらについてはまず何より、被告人本人による死体遺棄及び殺害を認める自白及び供述調書という強力かつ明白な証拠が存在します。とくに殺害を認める自白については、裁判員の皆さんも録画映像を通じてしっかり確認されているはずで、この点に疑いの余地はありません。弁護側は被告人の自白は取調官に強制されたり、誘導されたりした虚偽の自白だった、というストーリーを主張していますが、これは被告人による自白を裁判で逆転するための創作であると全否定するしかありません」
増山を見て何度もうなずいている女性裁判員がいた。
「結論として、被告人による自白は虚偽ではなく真実だった。むしろそれが虚偽であったという後づけの主張こそが虚偽であることは明らかです。さらに、この自白を補強する証拠も複数存在します。まずは星栄中学校に侵入した十七年前の記録。空き巣などに顕著ですが、犯罪者が一度犯罪を犯した場所でふたたび犯罪を犯すことは珍しくありません。被告人も同様にまた同じ場所でターゲットとなる被害者を物色した。これについても誰の目にも明らかな録画映像という証拠が残っています。被告人が当初、任意の取調べでソフトボールの試合を観に行ったことを否定していたという事実も、犯罪者ならではの後ろめたさと、罪を逃れようとする狡猾(こうかつ)さの表れであると考えられます。これは、死体遺棄をした際、被告人が二人の被害者の遺体に漂白剤をかけ、自らの犯行であるのを隠蔽しようとしたことにも通じる人間性です。漂白剤に関しては、二件の殺人・死体遺棄事件が注意深く計画されたものであったことの証拠でもあります──」
増山が買った漂白剤が犯行に使われたものでないと立証されたにもかかわらず、あくまで強弁してきた。