◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第236回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第236回
第10章──審理 82
増山の最終陳述のあとに意見陳述を希望した被害者参加人が、証言席に──。

 傍聴席がどよめいた。検察官たちが狼狽している。永江と浅見奈那が目を見開いていた。増山も信じられないというように口を開いている。志鶴と田口は目を見合わせた。お互い同じ思いだろう。綿貫麻里の家族には驚いている様子はない。

「──以上でよろしいですか」能城が氷のように冷えきった声で問うた。

「はい」綿貫が答えた。

「では席へ戻ってください」

 綿貫が衝立の陰に戻った。

 まだざわついている傍聴席を能城は黙って眺め渡していた。検察側席へ目を向けた。正面に視線を戻す。法廷が静かになった。

「以上をもって本件の審理を終了する。次回は六月二十四日午前十時から判決を申し渡す予定です」

 傍聴人が次々と席を立って退廷を始めた。

「──検察官」能城が言った。

 世良があわてて立ち上がり、法壇へ向かう。何だ? 志鶴は田口と顔を見合わせ、立ち上がると二人で法壇へ近づいた。

「協議したい件がある。明後日、裁判所に来られたし」能城が言った。

「──はい」世良は目を輝かせた。

 検察官と裁判官との距離は、弁護士と裁判官のそれよりはるかに近い。法廷外での接触も多い。裁判官が公判の直後に検察官に助言を与えたり、検察官が訴訟手続外に裁判官室に頻繁に出入りしていることを問題視する弁護士もいる。

「裁判長」志鶴はすかさず割って入った。「公判外での協議なら弁護人も立ち会います」

 能城が初めて存在に気づいたかのように志鶴に目を向けた。しばらくすると口を開いた。「しかるべく」

 世良が意外そうな顔をした。

 

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 二日後、指定された時間に志鶴と田口は能城たちがいる裁判官室に三人の検察官と一緒に入室した。能城が言う「協議」の内容を田口と推測したが、答えは出なかった。もし能城が検察側に肩入れするような発言をしたら、そのときは裁判官忌避の申立てをする──都築とも電話で相談して三人の間でそう合意に達していた。

 決して広くない裁判官室には検察官と弁護人の人数分の椅子が用意されていた。右陪席と左陪席はいつも以上に緊張しているように見えた。

「審理が終了した本件の評議は三日後に行われる」全員が着席すると前置きなしに能城が言った。「それに先立って本日の協議を提案した理由だが──」世良を見た。「検察官に訊ねたい。本当にあの立証で死刑を求刑できると考えているのか」

(つづく)
連載第237回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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