◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第25回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第25回
第二章──窒息 01
一夜明けても広がる容疑者逮捕の衝撃──テレビには弁護士のコメンテーターが……。

 第二章──窒息

 

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 男は片手をパンツのポケットに突っ込み、もう片方の手で煙草(タバコ)を喫(す)っている。その映像に、女性のものものしいナレーションがかぶさる。

『先月十一日の日曜日。中学校の校庭で行われた、女子中学生のソフトボールの試合を、フェンスの外から執拗(しつよう)に見つめている、この男──』

 映像が停止し、増山(ますやま)の顔がズームされる。

『死体遺棄の疑いで逮捕された、増山淳彦(あつひこ)容疑者四十四歳です。東京都足立区で、先月二十一日、十四歳の綿貫絵里香(わたぬきえりか)さんが遺体となって発見されたこの事件、発覚から二十日、昨日、急展開を迎えました』

 画面が切り替わる。

 テロップ──〈足立南署 昨日午後三時過ぎ〉〈警視庁の会見〉。

 何本ものマイクが立つデスクに向かって座っているのは、制服に身を包んだ足立南署の署長だ。

『殺人・死体遺棄事件について、本日、被疑者を死体遺棄で通常逮捕しました──』

 画面がまた切り替わる。生中継のスタジオで、デスクに向かう女性キャスターが映った。

『一夜明けた今も、容疑者逮捕の衝撃が広がっています。増山容疑者の自宅と、絵里香さんが通っていた中学校は、直線距離にして、およそ千五百メートル。先月二十日午後六時半頃、絵里香さんは、部活を終え、いつものように自転車で下校したあと、行方がわからなくなりました』

 増山の自宅や、被害者が通っていた中学校の位置関係を示す地図が映し出される。

『その翌日、絵里香さんの自宅とは反対方向に位置する荒川河川敷で、衣服を着ていない状態の遺体を発見──』

 河川敷の映像に替わった。背中に「警視庁」とロゴのある制服を着た四人の鑑識課員が、白い手袋で握った長い木の棒を、深い草のなかに突き立てている。

『増山容疑者が捜査線上に浮上したきっかけ──それは、絵里香さんの部活の試合を撮影したビデオ映像でした。さらに、十六年前にも、増山容疑者は、絵里香さんが通っていた中学校に、彼女と同じソフトボール部に所属する女子生徒の制服を盗む目的で侵入し、逮捕されていたことがわかりました』

 ここで、雨の日に撮影された映像が映る。葬儀を、望遠レンズで撮影したものだ。制服姿の女子生徒がたくさん見える。その向こうに、喪服姿の中年女性。白いハンカチを顔に当て、へたり込みそうになったところを、傍らにいた中年男性に支えられた。

 綿貫絵里香の母親と父親だろう。マスメディアの取材には応じていないようだが、足立区内にある被害者の実家が裕福で、父親、祖父ともにメガバンクに勤務していることは報じられていた。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。