◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第25回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第25回
第二章──窒息 01
一夜明けても広がる容疑者逮捕の衝撃──テレビには弁護士のコメンテーターが……。

『警察は今回、絵里香さんの部活の映像に映っていた増山容疑者が、取調べで、絵里香さんの遺体を遺棄したことを認める供述をしたことから、逮捕に踏み切り、絵里香さんの殺害についても知っているとみて、動機の解明とともに、殺害についても調べを進めています──』

 今朝早く、増山文子(ふみこ)から、警察が家宅捜索に来たと連絡があった。違法な捜索はなかったようだ。それ以外に何か新しい情報はないかと集中している志鶴(しづる)だけでなく、家族も朝食を食べながら、テレビのワイドショーに注意を向けていた。

「キモい……ほんと、キモい」口を開いたのは、杏(あん)だ。

「怖いよねえ」と母親。「病気でしょう、こういう人。やっぱり、前に中学校で捕まえたとき、ちゃんと刑務所に入れなかったのがいけないんじゃない? そのあと、アメリカみたいにGPSで居場所がわかるようにしてたら、こんな事件も起きなかっただろうし。日本の警察は手ぬるいのよ。杏も気をつけてね。こういう見るからに危なそうな人だけじゃなくて」

 杏は、怒ったような顔のまま、母親の方を見ずに黙ってうなずいた。何度となく同じような注意を受けているので、内心うんざりしているのかもしれない。自分が杏と同年齢だった頃、母親はもっと放任主義だった記憶がある。一般的に、親は初めての子育てには慎重で神経質になり、二人目以降は肩の力が抜けていく傾向があるらしいが、自分と杏の扱いを見ると、志鶴の母親に限っては逆のようだ。

 自分は小さな頃から男まさりで行動的だったし、年の離れた杏はおとなしい女の子だったから、疑問も不満もないのだが。

『──天宮(あまみや)さん、どう思われますか?』

 テレビで、キャスターがコメンテーターの一人に話を向けた。

『はい』と答えたのは、志鶴にはとても手の届かないブランドのブラウスに身を包んだ、大人の華やかさを湛(たた)えた女性だった。〈天宮ロラン翔子・弁護士〉というテロップ。

『この事件につきましては、まだ容疑者段階ですので、立ち入ったコメントは控えますが、私から申し上げたいのは、日本の社会にはこうした犯罪を生み出す構造が存在する、ということです』

『構造、と言いますと?』

『日本には、大人の男性が堂々と、少女を性的な対象とみなす文化があります。これほど少女への性的加害に無自覚な国は海外には存在しません。そもそも欧米では、成熟した女性に魅力を感じるのが正常な大人の男性であるというのが共通の社会認識です。未成熟な少女に性的な関心を抱くこと自体が異常とされる。日本の男性には当たり前の、女性は若ければ若いほどいい、という価値観自体、先進国ではまず考えられないことなのです』

 艶やかだが理知的な語り口が、嫌みなく洗練された物腰と相まって彼女の言葉に説得力を与えていた。

『容疑者の男は、いわゆるジュニアアイドル、と呼ばれる少女たちのイメージビデオを愛好している、という情報もありますが?』

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。