◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第27回

増山の案件で、田口と打ち合わせに入る志鶴。互いの弁護方針がぶつかり合う。
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「虚偽自白?」森元逸美(もりもといつみ)が言った。
大きな作業デスクに椅子を配した共有スペースでの、朝一番の打ち合わせ。メインとなるのは増山の案件だ。
「ええ」志鶴は答える。「否認事件になります」
「そっかあ──また、ガチンコが始まるわけだ。それも、とびっきり手ごわそうなやつが」
森元は、自分に活を入れるかのように、手の先でデスクをぽんと打った。
「そうと決まれば、やるっきゃないね。刑事手続は待ったなし! まずは、PとJの面会のアポ取り?」
「順送先での接見の手配もお願いします」
Pは検事、Jは裁判官を示す隠語だ。それぞれ英語のProsecutor、Judgeの頭文字を取っている。同じ並びで弁護士はイギリスの法廷弁護士を指すBarristerのB。だが、法曹三者でない警察は英語だと検事のPとかぶるのもあるからだろう、ローマ字由来のKだ。
「新件は明日だと思いますが、今日の接見の在監確認も頼みます」
「オッケー」
検事による取調べの初回を新件と呼ぶ。東京では、被疑者の身柄が検察官送致されるのは、逮捕の翌々日というのが一般的な運用となっている。だが、今日行われる可能性もあるので、増山の所在は確認しておきたい。
さらに、マスコミからの取材は一切シャットアウトするようにとも頼む。
「それと──田口(たぐち)さんに協力をお願いします」
「え……?」森元が、信じられないという顔をした。
「……所長命令で」
「うん、そうか。でも、大丈夫なのかなあ、田口先生──」
そこで、志鶴の背後を見た森元が、はっとしたように口をつぐんだ。
振り向くと、田口司(つかさ)が立っていた。氷点下の視線に見下ろされる。共同受任を拒まれるのではないかと思った。志鶴としてはその方がありがたい。たしかに増山の案件は、一人ではとても無理だ。他の弁護士に協力を仰ぐつもりではいたが、田口の顔は浮かびもしなかった。
「今、時間あるか?」
志鶴は森元を見た。彼女は「こっちはもう大丈夫」と言った。田口に目を戻す。
「はい」
「打ち合わせだ」会議室の方へ、顎をしゃくった。
「あの、それって──」
「所長命令」不機嫌さも露(あら)わに言った。