◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第31回

これまでの取調べについて、被疑者・増山淳彦の「自由報告」が始まる。
「お話を聞かせてもらう前に、一つ、お願いしたいことがあります」
クリアファイルから一枚の紙を取り出し、増山に向けアクリル板につけた。
大きな文字だけがプリントされたA4紙だ。タイトルは「接見室での4つのお願い」。
「この接見室での、私からのお願い事です。刑事さんや検事さん相手には、守る必要ないですからね」
タイトルの下に、四つの項目が並んでいる。
①うそは言わないでください。
②思い出したことはすべて話してください。
③わからないことは、わからない、と言ってください。
④おぼえていないことは、おぼえていない、と言ってください。
耳にも印象づけるよう、四項目をゆっくり読み上げた。
「大丈夫ですかね?」
増山は、喉の奥から、「ああ」と「おお」の中間のような音を発した。
志鶴は、剥がしやすいテープで、書面をアクリル板に貼りつけた。さらに、増山に断って、ICレコーダーをカウンターに置いて録音を開始する。
「では、お願いします。これまでの取調べについて、お話を聞かせてください」
開いたノートの上でペンを構えた。
依頼人との接見における事実聴取では、情報収集のためのグランドルールをまず設定する。志鶴が作成した「接見室での4つのお願い」がそれだ。次に、被疑者の自由報告を受けてから、焦点化質問によって曖昧な部分を明確にしていく──といった手順だ。
自由報告にプライオリティが置かれているのには意味がある。弁護人との一問一答よりも依頼人の話す内容の自由度が高く、依頼人の記憶に従った、生に近い情報を得ることができる。また、弁護人の質問という選択による制約がないため、情報量が多くなることも期待できる。
弁護人はつい、自分が重要だと思う点について掘り下げた質問をしてしまいがちだが、それによりその周辺の情報が抜け落ちてしまう危険もあるのだ。依頼人のなかには、弁護人に訊かれたことしか話してはいけないのだと思い込む人もいる。この二つが重なると、たとえば、公判を迎えてから実は重要だったと判明した点について、弁護人が依頼人から聞き取りをしていなかった、という致命的なミスも生じうる。増山に対して前のめりに質問を浴びせてしまった昨日のやり方へ自戒も込めて、その基本を思い返す。
自由報告で、増山は初回の取調べから語った。取調官は比較的穏やかに増山の身辺について訊ねてから、綿貫絵里香の名前を出し、彼女を知っているか質問したという。知らないと答えた増山に対し、死体遺棄事件のことは知っているのではないか、と取調官は指摘した。増山はそれを認め、知らないという回答を訂正させられた。