◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第32回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第32回
第二章──窒息 08
被疑者の頭のなかにある情報を、できるだけ早く正確に聞き出すために──。


「大丈夫です。あとで一緒に考えましょう」志鶴は答えた。「その前に、もう少しお話を聞かせてください。取調べでは、他にどんなことがありましたか?」

 弁護方針を決めるために、接見では、被疑者の頭のなかにある情報を、できるだけ早く、できるだけ正確に聞き出すことが重要となる。被疑事実に関することももちろんだが、取調べで質問されたり答えたりした内容も欠かせない。弁護人が取調室に同席することはできないからだ。

 志鶴がクローズドな質問を重ねた昨日と、今日の自由報告とで、取調べの内容に関する増山の話はだいぶ印象が異なる。実際の取調べ状況を、発問による誘導で汚染してしまったのではないか。志鶴はそう懸念していた。

 増山はいったん上を見てから、

「はい、って答えたら、『綿貫絵里香さんの死体を遺棄したことを認めるってこと?』って訊かれた。もうさ、刑事たちが何人も、ものすごい目で俺のこと見てて、今さら違いますって言える空気じゃないわけよ。噓がバレた時点で、こっちも頭パニックで、認めたら、許してもらえるのかな、とかも思っちゃったし。だから、『認めます』って答えた。そしたら、また空気が変わって……刑事たちが何人か外へ出てった。しばらくして戻ってきて、『死体遺棄の疑いで逮捕します』って手錠をかけられて、そのときの時間も言われた。『これからあなたは、被疑者として取調べを受けることになります』、って言われて、手錠は外された。あ……黙秘権がどうとかも言ってたかな。それからまた取調べが始まった。解放なんかしてもらえなかった。また地獄の始まりだよ──」

 片手で顔を上から下へ拭った。

「……今度は、『じゃあ、そのときのことを話してもらえる?』って。死体を捨てた状況について訊いてきた。知るわけねえじゃん、そんなの。やってないんだし。そしたら──『もしかして、こういうことだったんじゃない?』とか、『こんなふうにしたんじゃないかな』とか、こっちが言ってもないことをぶつけてくるようになった。ほんとよく、次から次へと思いつくよ。昨日はいったん終わったけど、今日になったらまた朝から同じことを何度も訊かれて、ほんとしんどい。こっちもだんだん、訳わかんなくなってきて、途中から、そうかもしれません、とか答えてた。──なんかもうね、疲れたっつーの、マジで」

 放心したように口を開いていたが、志鶴に向かって、

「そんな感じ。取調べは」と言った。

(つづく)

連載第33回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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