◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第34回

増山を乗せた"列車"には、「実刑」以外に三つの終点がある──。
ファイルから、針なしのステープラーでA4のプリントを数枚綴(と)じた書面を取り出した。表紙には「身体を拘束されている方に」と書かれている。東京三弁護士会刑事弁護センターがひな型を作った資料だ。
表紙をめくると「1 逮捕後の手続について」という文字と、シンプルなフローチャートが見える。増山の方に向け、アクリル板に押し当てた。チャートは、「逮捕」で始まり、次のページで、「判決」を経て「有罪」だった場合の「執行猶予(釈放)」「実刑」で終わっている。その右側には文章による補足が書かれている。
チャートを見せながら、流れを簡潔に説明する。
「この書類は、あとで差し入れておきます。もし気になるようでしたら、担当さんにお願いして読ませてもらってみてください」
書面をカウンターに置いた。
「さて、これで今日の三つのテーマが二つ終わりました。最後のテーマ──増山さんを手助けするために、これからどうしたらいいかを相談しましょう。増山さんのお考えはありますか?」
増山は腕組みをして下を向いた。しばらくして顔を上げた。
「やっぱり……本当はやってません、って言った方がいいんじゃないかな」
あまり確信は持てずにいるようだ。
「なるほど。そういう考えもあるかもしれませんね」
「──川村さんは、どう思うわけ?」
「私の意見を言う前に、私と増山さんの間で、目指すべき勝利を決めたいんですが、いいですか?」
「勝利……?」
「さっき、刑事手続を列車にたとえて話しましたよね? このまま行けば、増山さんは、列車を降りられないまま裁判にかけられ、有罪にされてしまう可能性が高い。それが日本の現実です。でも、増山さんは身に覚えがない。自白してしまったけれど、それは取調官に強引に言わされたから。罪を認めるつもりはないし、一刻も早く、お母様の待つ家に帰りたい。ですよね?」
増山はうなずいた。
「であれば、昨日も言ったと思いますが、闘って勝利を勝ち取るしか道はありません」
「闘うって……誰と?」
「国家権力です。具体的には、刑事司法を担う警察、検察、裁判所。この三つの組織が、すべて増山さんと弁護人を打ち負かそうとする敵になります」
増山は、口を丸くした。戸惑っているようだ。