◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第36回

増山の母親に、日本の刑事司法の厳しい実態を伝えた志鶴だが……。
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接見を終え、差し入れを担当留置官に預けて足立南署を出ると、署の前の歩道にカメラを持った人が大勢いた。脚立も並んでいる。プロの報道カメラマンだ。道路を挟んだ向かいにもいる。
まだ午後九時過ぎ。だが、明日の朝、検察官送致のため護送される増山を撮影しようと場所取りがもう始まっていた。志鶴は彼らの間を抜け、タクシーを捕まえると増山の実家へ向かった。家の周りには、昨日ほどではなかったがまだ多くのマスコミ関係者がいた。志鶴に気づいて殺到してきた者たちを無言でかわし、玄関にたどり着く。
「どうでしたか、淳彦は?」
志鶴を居間に通すと、文子は待ちかねた様子で訊ねた。
「昨日よりは落ち着かれていました。差し入れも喜んで、お母様に、ありがとう、って」
「……そうですか」感極まったようにまばたきをする。
まず、増山との接見の内容を報告した。増山の許可を得ている取調べの内容についても話す。文子は、今年から増山が星栄中の横を通るエリアを担当するようになったことも、増山が綿貫絵里香が出場したソフトボールの試合を観ていたことも知らず、驚いていた。
「そんなことが……だからあの子が疑われたんですね。淳彦は昔から、要領が悪いというか、かわいそうに、運が悪い子なんです。よりによって、何でそんな偶然が」
眼鏡の奥の目が潤んでいた。
「起きてしまったことは、どうにもなりません」志鶴は言った。「大事なのは、これからです」
「……あの子は、これからどうなるんですか」
針なしステープラーで綴じた「身体を拘束されている方に」の資料を文子にも見せ、増山にしたのと同様の説明をした。
「今回は、不起訴にはならないんですか。……でも、裁判になれば、裁判官が無実を晴らして、助けてくれますよね? あの子はやってないんですから」
「残念ですが、それは期待できません」
「どうしてですか」
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