◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第42回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第42回
第二章──窒息 18
検事調べのようすを嬉々として語る増山。志鶴の目の前は一気に暗くなる。


「だから、本当はやってません、って。ならどうして警察官に死体遺棄をしたと話したのかって訊かれたから、昨日おたくに言ったみたいなことを説明した。検事さん、俺の話、ちゃんと聞いてくれた。でも、綿貫絵里香のソフトボールの試合を観てたのは事実だよね、なぜあそこへ行ったのかな、って。新聞配達の担当エリアが変わって、あの学校の横を通るようになって気になったから、って答えたら、『たしかに、そんなエリアを担当させられたら、気になるよね』って納得してくれた。『十六年前も、ソフトボールの試合を観て中学校に侵入したって記録にあるけど、中学生くらいの女の子に興味があるの?』って。べつに、そういうわけじゃないと思います、って答えたら、検事さん、こう言ってくれた──『人間っていうのは、自分にないものに憧れる。いい年をした男が中学生の女の子に興味があっても、私は恥ずかしいこととは思わない。江戸時代なんか、女の子が十四歳くらいで結婚して子供を産むのも当たり前だった。生物としても、哺乳類のオスが若いメスを求めるのは至って自然なんだよ。私の前では、自分の好みについて恥ずかしく思う必要はない。むしろ、中学生の女の子が好きです、って堂々と胸を張るくらいでいなさい』って──あの検事さんなら、わかってくれるんじゃない? 黙秘しなくていいよね」

 増山の目が輝いている。

 恫喝すれすれの高圧的な取調べを警戒していたが、岩切の武器はそれだけではなかったのだ。

「──増山さん。あなたにそう思わせるのも岩切検事の手なんです。信じてはいけません」

 増山が目をしばたたいた。

「いや、今話したじゃん。検事さん、俺の話を聞かなきゃ不起訴にするかどうか判断できないんだって」

「本当は最初から不起訴にするつもりはないのに、増山さんに黙秘させないために不起訴をちらつかせているんです」

「な、何でそんなことわかるんだよ?」

「岩切検事は、増山さんを犯人だと思っています。私にはっきりそう言いました。私が増山さんを解放するよう求める書類を出しても、無駄だとはねつけられました」

 増山が口を開いたまま、目を泳がせる。

「そ、そんな──おたくの態度が悪かったからじゃないの? 言ってたよ、おたくはきっと俺に、検察官が弁護士の悪口を言うって予言しただろう、って。当たってたじゃん。弁護士は、検察官を敵に回さないと商売にならないんだろ? なかには依頼人の意思を無視して暴走する弁護士もいるって。おたくのことじゃないの?」

「そう思わせるのも、岩切検事の計算なんです。乗せられては駄目です」

「黙秘して、何か得あるわけ? 刑事はともかく、検事さんは不起訴にする力を持ってるじゃん」

 反論しかけて思いとどまる。貴重な時間を無駄にしている。深呼吸した。

「他に、岩切検事にどんなことを話しました?」

 増山の眉が寄った。

「──だって、しゃべっちゃいけないんだろ?」

「私としては、黙秘をお勧めします。でも弁護人として、増山さんが検事に話した内容は知っておきたいんです」

 増山が大きく息をついて、椅子の上で脱力した。

「……ソフトボールの試合を観て、綿貫絵里香に興味を持ったんじゃないかって訊かれたから、そのときは彼女のことは知らなかった、って答えた。名前は知らなかったけど、顔はわかってたんじゃないのって訊かれて、それも知らなかったって。そしたら質問を変えて、死体遺棄の現場には行ったことがあるかって、地図と写真を見せられた。西新井のグラウンド近くの場所だったから、ありますって。最近ではいつ行ったかって訊かれて、大人になってから、その辺にはほとんど行ったことないと思います、って答えた。最後に行ったのはいつかって訊かれたけど、思い出せなかった。チャリンコ乗ってた高校生くらいまでは河川敷ぶらぶらしたりしたけど、原チャリは入れないから、行かないんだよね。検事さんにもそう話した」

里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『小説 映画  空母いぶき』大石直紀
◎編集者コラム◎ 『小説 ホットギミック ガールミーツボーイ』(豊田美加 原作/相原実貴 脚本・監督/山戸結希)