◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第47回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第47回
第三章──物証 02
「意外と簡単じゃん、黙秘」増山の言葉に、志鶴はかえって不安を覚える。

「あ、あのさ……カードケースとかでもいいの?」

「カードケース?」

「うん。"カルプリ"の」

「カルプリ……?」

「『マジカルアイドルプリンセス』っていうゲーム。アニメにもなってるじゃん。知らないのかよ」

 早口になった。

「それって……もしかして小さな女の子向けのですか?」

「大人でもハマってる人たくさんいるんだけど」増山がむっとする。「俺のデータカードが無事か、確かめたいんだよ。家宅捜索で持ってかれてたらいやじゃん」

「そのカードケースを差し入れしてほしいということですね?」

「うん……いや、差し入れはいい。担当さんに預けたら何されるかわかんないし、留置場に他のやつらもいるし。ここへ持ってきて、見せてくれない? 俺の部屋の本棚にあるはずだから」

「わかりました」

 増山と事件に直接関係のない話をするのは初めてではないだろうか。メモを取りながら、逮捕から五日目、増山がついに黙秘に成功したことがようやく実感された。

 
     3 

 都築賢造を交えた最初の打ち合わせは月曜日の午後、志鶴と田口司が所属する事務所の会議室で持たれた。弁護団に都築が加わることについては、志鶴に田口と組むよう命じた所長の野呂(のろ)にも話を通してある。都築の参加は否定されなかったが田口は外さないようにと釘(くぎ)を刺された。

 志鶴は二人にこれまでの経緯や疑問点、弁護方針についてまとめたレジュメを配り、ブリーフィングを行った。

「──土曜日に引き続き、増山さんは昨日も足立南署での取調べで黙秘を貫きました。今後も続けると言ってくれています。ここまでで何かご質問はありますか?」

「マスコミでは依頼人が黙秘に転じたという報道はないが」田口が言った。「依頼人が噓(うそ)をついている可能性は?」

「まずないと思います」志鶴は答えた。「取調官に対して虚偽の自白をしてしまった状況についても報道との矛盾はありませんし、増山さんが私に対して迎合的な態度を取っているとは思えませんので。報道については、警察がマスコミに情報を与えていないだけかと」

「私からは以上だ」

 志鶴は都築に目を向けた。

 短く刈り込んだ半白髪に、やはり半白髪の口髭(くちひげ)と顎鬚(あごひげ)。大きな目にはどこか少年のような輝きがあった。若い頃レスリングをしていたというがっしりした体をブリティッシュトラッドなスリーピースに包んでいる。座っていても大きな存在感を放っている。

「僕は川村君の話が最後まで終わってから質問します」都築が言った。

「では、ここから今後の話を。まず現時点で捜査機関は、死体遺棄をしたという増山さんの自白以外、状況証拠しかつかんでいないと推測されます。岩切検事との面会の感触からすると、物証がないままでも死体遺棄のみならず殺人でも起訴する可能性が高い。私としては依頼人である増山さんの意向を汲(く)んで、裁判で否認して無罪を勝ち取ることを目標にしたいと思います。その方向でケース・セオリーを構築するための調査と、増山さんを身体拘束から解放するための活動を並行して進めてゆくべきと考えます。この点について、お二人のご意見をお聞かせください」

(つづく)
 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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